2021年04月26日

「ふじの回廊」で藤の花が今盛り






2021年4月25日
森林浴と「ふじの回廊」の定点観測を兼て車を走らせた。





ちなみに「ふじの回廊」は、旧藤岡町の花である「ふじ」をテーマにした散策路。





場所は中心市街地から御作小学校を目標に約30分ほど。御作小学校と城ヶ根山遊歩道を結ぶ散策路に、九尺藤、紫三尺、八重黒龍、シロバナ藤の4種類の藤の花を植栽。












藤の名勝と言えば平地が多いが、ふじの回廊は三河高原に連なる高地のため、鶯の鳴き声を背に聞きながら森林浴しているようなもの。

緊急事態宣言で心配の種は尽きないが、森林浴でストレス解消を(笑)。

  


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2021年04月20日

2021年04月18日

歴史ミステリー いにしにえの郡衙(ぐんが)を探せ






月イチで地元紙の矢作新報に連載している「ぶんかの定点観測」。123回目の今月は、歴史ミステリー いにしにえの郡衙(ぐんが)を探せ






「郡衙(ぐんが)」とはなにか


「郷土を知る会」より嬉しい便りが届いた。猿投山南山麓に展開した古代文化を楽しみながら学ぶ令和3年度歴史ミステリー「ふるさとカフェ」の案内である。

さて、「郡衙(ぐんが)」とはなにか。天皇が国家の頂点に立ち、太政官の下に政務を担当する8省が設置され、地方に国・郡・里(後に郷)が設置された古代国家の時代に遡る。

豊田市地域は、碧海郡に属した旧上郷・旧高岡地区を除いて三河国賀茂郡に属し、郡の下に拳母、高橋、伊保、信茂、賀茂、山田、仙陀、加祢の八郷がおかれていた。

「郡衙」とは、役場のことで、朝廷の制度に倣えば政務をとる政庁と郡内の各郷より徴収した稲などの穀物を納める正倉のほか郡司の館、役人の官舎が並んでいたはずである。

「はず」と記したのは、新修豊田市史をもってしても未だ郡衙の場所が特定されてないからで、不思議と言えば不思議だが、ここからが謎解きの面白さである。


郡衙の有力候補は次の2カ所

「ふるさとカフェ」のネタバレになるため詳しい説明は省くが、郡衙の有力候補は次の2カ所。猿投神社の文書や地名から浮かび上がったのが郡の名を冠した賀茂郷。もう1カ所は朝廷に届けられた木簡から物部千麻呂の名が知れる高橋郷の2カ所で、具体的な場所も特定した。

残念ながら現段階では仮説に過ぎないが、賀茂郷には帰化人の秦氏が、高橋郷には同じく物部氏の関りが浮かび上がるなど、とよたの古代文化史は郡衙を巡ってバトルの様相を呈してきたから謎解きはやめられない(笑)。


続きは令和3年度郷土を知る会
歴史ミステリー「ふるさとカフェ」で


ざっと令和3年度歴史ミステリー「ふるさとカフェ」について記したが、興味のある方は、是非ご予定を。

■日時/5月30日(日)午後1時半~
■講師/元豊田市郷土資料館長安藤勇さん
■会場/豊田市視聴覚ライブラリー
■参加/自由(先着順30名)
■申込み/5月1日から
■市文化振興財団☎0565・31・8804
■問合せ「郷土を知る会」
☎0565・48・5947
  


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2021年04月06日

猿投山は全山山桜




山笑う猿投山






  猿投山のビュースポット
  西中山の大池から山笑う猿投山を眺望







  山笑う猿投山
  白く見えるのは全て山桜




余談に逸れるが昔
「炭」を作品にするため炭焼きの親父に炭焼きを習ったことがある。今思えば無謀な挑戦だったが、何でもやったものの勝ち(笑)。






  かとうさとる「手探りの中から」シリーズより
  炭のインスタレーション(1988年)


炭焼き小屋の外には、クヌギやコナラに混じって山桜が山のように積まれていた。一瞬「もったいないことをする」と思ったが、山笑う猿投山を見て納得。
  


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2021年04月03日

今夜の賄い花はチューリップ








  


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2021年04月02日

今年も豊田市美術館に思い川桜が還ってきた




今年も豊田市美術館に
その名も美しい思い川桜が還ってきた。






  旧七州城の迎月台から美術館正面を見下ろす。
  拳母藩内藤家展の図録によると迎月台は隅櫓の北に位置し
  天守閣を建てる計画があったそうだ。
  残念ながら築城は実現しなかったが
  今でも往時を偲ぶことができる。




  こちらが旧七州城の迎月台

 







  こちらが思い川桜



思い川桜は、栃木県小山市の修道院にあった十月桜から生まれたエドヒガン種の園芸品種で、名の由来は小山市内を流れる渡良瀬川水系の思い川からその名がつけられたそうだ。

さて、肝心の思い川桜の見ごろだが、三日見ぬまの桜というから当てにはならないが、週明け辺りまでか。










明日から話題の企画展「ボイス+パレルモ」もはじまるが、急げは思い川桜に間に合う。一度で二度美味しいこんなチャンスを逃したらもったいない。是非ご予定を。  


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2021年03月25日

彫刻の時代を駆け抜けた斎藤勝弘さん




地元紙の矢作新報に月イチで連載しているコラム「ぶんかの定点観測」。122回目の今月は、豊田市民文化会館正面に設置されているモニュメント「青年像」の作者で、彫刻家として活躍した斎藤勝弘さんを偲んで。





    文化ゾーンのランドマークとして親しまれている
    彫刻家・斎藤勝弘さんの代表作「青年像」


彫刻の時代を駆け抜けた斎藤勝弘さん





    地元紙の矢作新報に月イチで連載しているコラム
    「ぶんかの定点観測



「最後にかわした言葉が心残りだった、ということにならないように」田部井淳子

朝日新聞に連載されている哲学者・鷲田清一のコラム「折々のことば」によると、女性として世界で初めて世界最高峰エベレストおよび七大陸最高峰への登頂に成功したことで知られる登山家の田部井淳子さんは、「家族がどこに出かけるときも、まさかの事故の時のため、その日の服装をしかと脳裏に焼き付けるようにしてきた」そうだ。

田部井淳子さんについて、鷲田清一はこうも記している。「見るのはもうこれが最後かもしれないと思うと、その姿がとても愛おしくなる。死を意識することは、人や生き物にていねいに向き合う態度を養ってくれるのだろう」と。

私もそうありたいと願っているが、言うは易く行うは難しで、彫刻家の斎藤勝弘さんが人知れず黄泉の国に旅立った。亡くなったのは一昨年の秋というから三年目の春にして届いた訃報である。

斎藤勝弘さんは1942年瓦職人の子として生まれる。粘土塑像の技術をもった瓦職人が彫刻家の道を歩むのは必然で、1964年日彫展初入選。翌65年日展初入選。時代は東海道新幹線の開業、東京オリンピックの開幕、名神高速道路の全面開通などなど、高度成長時代真っ盛り。斎藤勝弘さんは市内初の日展作家として一躍時の人となった。

以来、斎藤勝弘さんは作品集のタイトルに「街角の詩」と名付けたように、モニュメント彫刻のトップランナーとして活躍。東海三県を中心に数多くのモニュメントを手掛けているが、代表作として知られているのが豊田市民文化会館正面に設置されている「青年像」である。

芸術性と、豊田市の歴史性を内包した青年像を見上げると、どこからともなく「元気でやっとるかん」と、あの懐かしい声が…。なんだかあっちの方が楽しそうだな。(合掌)
  


Posted by かとうさとる at 10:24 | Comments(0) | とよたの文化

2021年03月24日

猿投山南山麓の果樹園で桃の摘花はじまる





草木みなもの言うというが
猿投山南山麓の果樹園から初鳴き




果樹園の農家は摘花⇒受粉⇒摘蕾
出荷まで大変な作業の連続
写真を撮るときは作業の邪魔にならないように
ご挨拶がマナー







  乙部の果樹園




  舞木の果樹園




愛知県緑化センターの
雪柳と桜のプロムナードも見頃に














  


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2021年02月28日

今夜の賄い花は枝垂れ梅と白梅と椿




貝津町の天満宮で
枝垂れ梅が今まさに盛り








野の枝垂れ梅には敵わないが
今夜の賄い花は手土産にいただいた
枝垂れ梅と白梅と椿で
静かに宴





  


Posted by かとうさとる at 23:24 | Comments(0) | 賄い花

2021年02月22日

猿投窯の工房に活ける



渡邉半蔵家-徳川を支えた忠義の槍
の口直しに、賄い花を軽~く(笑)






花/椿、白梅、万両、アオキ
器/猿投灰釉壺
場/猿投窯山田和俊さんの工房
  


Posted by かとうさとる at 01:42 | Comments(0) | 賄い花

2021年02月22日

渡邉半蔵家徳川を支えた忠義の槍






地元紙の矢作新報に月イチで連載している「ぶんかの定点観測」が11年目を迎えた。




   『邊半蔵家-徳川を支えた忠義の槍』ポスター



今回取り上げたのは豊田市郷土資料館で開催されている『令和2年度特別展渡邊半蔵家-徳川を支えた忠義の槍』

「なんか難しそう」と、敬遠される方もいると思うが、百聞は一見に如かず。この機会に足を運んでみませんか。



豊田市郷土資料館特別展
『渡邊半蔵家-徳川を支えた忠義の槍』
の概要はこちらで↓





   ぶんかの定点観測#121


昔から寺部は茶処として有名で、どの家に行っても縁側でお抹茶が出ると評判だった。昭和初期の名古屋美術倶楽部の出品目録を見たことがあるが、寺部ゆかりの道具類は秋田の佐竹家に匹敵する名品ぞろいで、膝が震えたことを覚えている。

秋田の佐竹家はオーバーだが、それもそのはずである。時の寺部藩主は幕末を代表する武家茶人十代渡邉半蔵規綱(又日庵。1792~1871)。裏千家中興の祖、裏千家十一代家元・玄々斎宗室は規綱の末弟という土地柄である。






   『渡邊半蔵家-徳川を支えた忠義の槍』展の概要



渡邉家はエピソードに事欠かないため余談に逸れたが、江戸時代の寺部を治めた渡邉半蔵家。初代守綱(1542~1620)は、徳川家康から「槍の半蔵」の名を賜る武功と信頼を得て「徳川十六将」の一人として活躍。晩年には尾張徳川家初代義直を補佐するように家康から命じられた名家である。

以後、歴代当主は一万石以上の知行地をもつ「万石以上年寄」として、幕末まで尾張藩の要職にあって尾張徳川家を支えた。

令和2年度特別展「渡邉半蔵家徳川を支えた忠義の槍」は、令和2年度が守綱没後400年の節目にあたることから豊田市郷土資料館が企画したもの。





   会場外に展示された長篠合戦図屏風のディスプレイ
   手前が守綱が持っていた長さ4・2㍍の長槍のレプリカ


家康から拝領したと伝わる「南蛮胴具足」や市指定「長篠・長久手合戦図屏風」。市指定守綱寺障壁画「松に禽鳥図」、渡邉家に伝来した大身槍、加賀藩の武士の家計簿ならぬ渡邉家の様々な文書書留などなど、新発見を含む資料をもとに、渡邉家の実像や職務を紹介。

会場の外には守綱が持っていた長さ4・2㍍の長槍のレプリカに触れるコーナーも。私も試しに持ったが重~い(笑)。


ざっと渡邉半蔵家展を概観したが、市内最古の古代寺院址が往時の豊かさを語る高橋郷から渡邉家まで、寺部の暮らしと歴史が見事に連続した構成は見応え十分。

■会期は4月11日まで。
■問合せ☎0565・32・6561。
  


Posted by かとうさとる at 01:26 | Comments(0) | とよたの文化

2021年01月08日

春のことぶれを告げる紅梅咲く




それでも季節は巡る
梅の名勝平芝公園で紅梅咲く
















  


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2020年11月21日

「記録」が歴史をつくる農村舞台






地元紙の矢作新報に月イチで連載しているコラム「ぶんかの定点観測」。

118回目の今回は
【新型コロナの向うに⑶「記録」が歴史をつくる農村舞台】のタイトルで、農村舞台アートプロジェクトの取り組みを紹介。





豊田市有形民俗文化財六所神社農村舞台
明治5年(1872)創建。市内に現存する最大規模の合掌茅葺建築で、茅葺屋根と舞台背景を引き立てる遠見、8間(14.4㍍)の間口を巨大な一本の梁が支えるシンプルな構造美は他に比類がない。






2022年に予定されているあいちトリエンナーレ改め、国際芸術祭あいち2022の芸術監督を森美術館長、国際美術館会議会長の片岡真美さんに決定したそうだ。

片岡さんは時の人で、名前と愛知県出身ということは知っていたが、日経新聞に連載された「私の履歴書」によると。父親はキリスト教、英国教会の流れをくむ日本聖公会の牧師で、片岡さんが幼いころ豊田聖ペトロ聖パウロ教会に牧師として赴任。当時の思い出を、人格や価値観の形成に影響を受けた父親への感謝と重ね合わせて懐かしく記している。

ただそれだけのことだが、行間から片岡さんの深い人となりが知れて何だか嬉しくなってしまった。


冒頭から余談に逸れたが、片岡さんのニュースは大相撲のご当所びいきのようなもので、ご容赦を(笑)。

さて、ニュースと言えば農村舞台アートプロジェクトも負けていない。新型コロナウィルスの感染拡大で行事の中止を余儀なくされたのは周知のとおりだが、「何ができて、何ができなかったのか」。農村舞台アートプロジェクトの10年を「史」として検証する作業に着手。

文化振興財団に話を伺うと、今週22日(日)には農村舞台寶榮座で、阿波人形浄瑠璃の本場、徳島県立阿波十郎兵衛屋敷館長を交えた焚火座談会を予定しているというからさすが文化の職業集団である。

ちなみに検証結果は、来春を目標に農村舞台アートプロジェクト10周年記念誌として編纂。内容はA4版約190頁。農村舞台の展開と可能性を未来志向で問い直す検証報告と図録で構成。他に農村舞台の成り立ちから今日までの流れを俯瞰する年表も予定しているというから、上梓されれれば破格の一書になるのは言を待つまでもない。

「記録」が歴史をつくるというが、ピンチをチャンスに変えた農村舞台アートプロジェクトの挑戦に万雷の拍手を贈りたい。

  


Posted by かとうさとる at 04:17 | Comments(0) | 農村舞台

2020年10月27日

秋深し隣は何をする人ぞ




秋深し隣は何をする人ぞ


近場で手折った野茨と秋海棠と雑木の小枝を
居間の窓辺に軽~く





  


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2020年09月23日

9月23日今日の誕生日の花はヒガンバナ






ラジオ深夜便
誕生日の花と短歌によると
9月23日(水)誕生日の花は

ヒガンバナ


花ことばは
再会


あかあかと彼岸花咲く畦道
こんど会う日の約束ありき
(鳥海昭子)  





   今朝の賄い花は手土産にいただいたヒガンバナ  


Posted by かとうさとる at 14:32 | Comments(0) | 花日記

2020年09月14日

初ヒガンバナを見つけた







野山は一足早く秋盛り
田んぼの畔で初ヒガンバナを見つけた






  


Posted by かとうさとる at 16:09 | Comments(0) | 花日記

2020年08月29日

キバナコスモス








今夜の賄い花は
藤岡歌舞伎の太田伊津夫さんの
畑で手土産にいただいた端境期の花たち








キバナコスモス
ヒャクニチソウ
アジサイ
ケイトウ
  


Posted by かとうさとる at 17:41 | Comments(0) | 花日記

2020年08月27日

今夜はタカサゴユリでディナー(笑)



タカサゴユリと秋海棠の葉を
青磁の小皿に軽~くトッピング





  


Posted by かとうさとる at 15:24 | Comments(0) | 花日記

2020年08月26日

小原に永眠する わが愛しの杉田久女







地元紙の矢作新報に月イチで連載しているコラム「ぶんかの定点観測#115」より、昭和初期に日本を代表する女性俳句の先駆者として活躍した杉田久女を紹介。






杉田久女は鹿児島に生まれる。旧小原村出身で旧制小倉中学図画教諭を務める杉田宇内と結婚し小倉に転居。小原の杉田家でも暮らし、小原に所縁の俳句を詠んている。写真は旧杉田家の長屋門。邸内には長女の石昌子さんが建立した句碑が建ち、久女と宇内は邸内の墓所に永眠。久女の聖地として全国各地から訪れる人も多い。







杉田久女の名は、小原地区の松名町に句碑があるため知っていたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。

ある夏、そんな驕った認識が一変する事件が起こった。いけばな歳時記で蓮や睡蓮など水物の句を調べたが、みな類型的で面白くない。諦めかけたとき、衝撃的な句が目に飛び込んできた。「睡蓮や鬢に手あてて水鏡」。詠んだのは杉田久女。突如、艶やかな情景が立ち上がってきたからである。

杉田久女とは何者なのか。付け焼刃を承知で調べてみてまた目から鱗。師の高浜虚子はもちろんだが、松本清張、吉屋信子、田辺聖子らが競って小説に描き、渡辺美佐子、大地喜和子、樹木希林、高橋惠子などなど錚々たる女優たちが舞台やテレビドラマで久女を演じていたからである。

 問題はここからである。杉田久女は、昭和初期に活躍した日本を代表する女性俳句の先駆者として知られているが、なぜか師の高浜虚子から敵視され破門されたというのである。「常軌を逸して虚子を慕い、周囲を攻撃し、遂には心を病んで破滅した奇人」という久女伝説である。タメにならない流言飛語だが、久女の心をどれほど傷つけたか想像に難くない。

 経緯は省くが動いたのは作家の田辺聖子。久女伝説の虚構を正し、俳人としての真価、人間としての実像を描いた評伝小説『花衣ぬぐやまつわる…わが愛しの杉田久女』を上梓。田辺聖子が描いた久女の半生は、1988年3月、NHKドラマスペシャル「台所の聖女」として樹木希林が演じ、久女の復権に向けた流れが一気に加速したのは周知のとおりである。

今年も「おばら杉田久女俳句大会」の時期が近づいてきた。残念ながら現下のコロナ禍で募集句のみとのことだが、せっかくのチャンスである。みんなでNHKプレミアムカフェに「台所の聖女」再放送のリクエストをしたらどうか。私のお願いである。宜しく。

  


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2020年08月26日

タカサゴユリで初秋の宴









ここ数年、道路端や河川敷などでよく見かけるようになったのが、テッポウユリに似ているタカサゴユリ

葉が細いのが特徴で、「高砂」の名からもわかるように元は台湾原産で観賞用として大正時代に渡来

  


Posted by かとうさとる at 06:06 | Comments(0) | 賄い花