2009年12月21日
まだ間に合う「近代の東アジアイメージ」
学芸員の学究魂に拍手
豊田市美術館で「近代の東アジアイメージ―日本近代美術はどうアジアを描いてきたか」後期展を見た。日本の近代美術を担った日本画家、洋画家さらには写真家たちがどのようにアジアをイメージしてきたか。107作家(ほぼオールスターで圧巻というより贅沢)約300点の作品で検証を試みたもので、内容については、芸術新潮12月号に詳しく掲載されているため省略するが、一目で「これはただごとではない」と背筋が伸びた。

豊田市美術館というと開館以来、東の水戸、西の豊田と称されるように、現代美術の発信拠点の一つとして知られているが、地方都市において、現代美術を定着させることは至難で、豊田においても例外ではない。「わかん!税金の無駄遣い!」の一言で、批判する市民も多い。こうした批判の矢面にたっているのが学芸員で、熱心なサポーターに支えられているが、私などキレなければいいがと心配するだけで、非力を痛感。
余談に逸れてしまったが、近代の東アジアイメージ」は、こうした豊田市美術館=現代美術という先入観をいい意味で覆すもので、一言で説明できないが、国立近代美術館や神奈川県立近代美術館の企画展を思い浮かべてもらえれば、理解いただけるのではないか。近代日本が脱亜入欧を目指した歴史と葛藤を、現存する作品の中から読み解き、明治の文人画や歴史画に端を発した第一章から、第八章の現代まで、見事なシンフォニーに書きあげた学芸員の学究魂に拍手。図録も労作で拍手。

図録より 高嶺格 Baby Insa-dong(2004年)
豊田市美術館の面目躍如と嬉しくなったのは第八章の現代編で、在日二世の恋人と結婚することになった作家(高嶺格)は、両国の間に深く横たわる在日問題の現実に直面。無関心という自分の闇に光を当てて希望につないでいく過程を、文章、写真、映像によって一室まるごと私小説に綴った。風のように自由でしなやかな思考と表現に、見ている私まで希望がわいてきた。もう一つ付け加えると第五章「カメラアイ」がお薦め。写真の時代といわれるが、木村伊兵衛、桑原甲子雄のモノクロムの写真をみているとその意味がよくわかる。これは見ての楽しみ。
と言っても時間がない。
「近代の東アジアイメージ」は
豊田市美術館で12月27日(日)まで!