2008年10月07日
テレビ桟敷で横浜トリエンナーレを見た
10月5日(日)
前夜は入院の付添いのため、病院のベッドの横で添い寝。会話は少なかったが、身の回りのことについて妻と初めて会話をしたような気がした。
夜、パソコンに向かいながら新日曜美術館の横浜トリエンナーレの特集を見た。前2回はヴェネチアやカッセルを意識した日本発の世界展という触れ込みが強く、他人の家のような居心地の悪さを感じたが、テレビ桟敷で見る限りでは、いたずらに新しさを競うのではなく、ようやく横浜トリエンナーレの立ち位置が決まったように見えた。圧巻は勅使河原三郎のパフォーマンスと原三渓が築いた三渓園の作品。港未来のメイン会場とは別に三渓園など横浜の地の利を生かした展開は、大地の芸術祭や都市を劇場にしたアートプロジェクトに見られる昨今の流れの一つになっているが、アメリカのサブプライムローンに端を発して金融資本主義が崩壊に向かっているように、行き着く先は美術の解体と再構築で明白。こうしたアートの現場に美術館サイドの生の声が聞こえてこないのは不思議でならない。
余談に逸れたが、園内の古刹から「雨月物語」の想を得たという「霧」のインスタレーションの幻想的な美しさは白眉。残念ながら作家の名前は失念したが、渓から林間を漂うように流れて古刹に向う霧の通り道は過去と現在と未来をつなぐ回廊のようにも見えた。絶句したのが茶室の空間に一本のビニールの紐を垂らした内藤礼のインスタレーション。畳に置かれた小さな電熱器の対流と自然の風で生き物ように不規則にたなびくビニールの紐。最小の単位で空間を完全に支配した内藤礼に脱帽。
自分も「花と書の空間展」で茶室のインスタレーションを予定しているが、張りぼてにしかずで、一気に気力が萎えてしまった。自分のことはさておき、芭蕉の不易流行という言葉を思い出した。会期はまだ十分にある。この目でみなければ。
前夜は入院の付添いのため、病院のベッドの横で添い寝。会話は少なかったが、身の回りのことについて妻と初めて会話をしたような気がした。
夜、パソコンに向かいながら新日曜美術館の横浜トリエンナーレの特集を見た。前2回はヴェネチアやカッセルを意識した日本発の世界展という触れ込みが強く、他人の家のような居心地の悪さを感じたが、テレビ桟敷で見る限りでは、いたずらに新しさを競うのではなく、ようやく横浜トリエンナーレの立ち位置が決まったように見えた。圧巻は勅使河原三郎のパフォーマンスと原三渓が築いた三渓園の作品。港未来のメイン会場とは別に三渓園など横浜の地の利を生かした展開は、大地の芸術祭や都市を劇場にしたアートプロジェクトに見られる昨今の流れの一つになっているが、アメリカのサブプライムローンに端を発して金融資本主義が崩壊に向かっているように、行き着く先は美術の解体と再構築で明白。こうしたアートの現場に美術館サイドの生の声が聞こえてこないのは不思議でならない。
余談に逸れたが、園内の古刹から「雨月物語」の想を得たという「霧」のインスタレーションの幻想的な美しさは白眉。残念ながら作家の名前は失念したが、渓から林間を漂うように流れて古刹に向う霧の通り道は過去と現在と未来をつなぐ回廊のようにも見えた。絶句したのが茶室の空間に一本のビニールの紐を垂らした内藤礼のインスタレーション。畳に置かれた小さな電熱器の対流と自然の風で生き物ように不規則にたなびくビニールの紐。最小の単位で空間を完全に支配した内藤礼に脱帽。
自分も「花と書の空間展」で茶室のインスタレーションを予定しているが、張りぼてにしかずで、一気に気力が萎えてしまった。自分のことはさておき、芭蕉の不易流行という言葉を思い出した。会期はまだ十分にある。この目でみなければ。
2008年10月07日
丹羽晧夫作品集

愛知教育大学名誉教授の丹羽晧夫さんは、美術教育のエキスパートとして、また春陽会会員として活躍するなど、愛知を代表る美術家の一人として知られている。本書は豊田芸術選奨受賞記念展の開催にあわせて丹羽晧夫さんの画業と膨大な業績を一書に編纂したもの。
今だから明かせるが、当時丹羽晧夫さんは癌が脳に転位し本書を見ることは難しいと言われていたが、本書の編纂作業を通して奇跡的に回復。主治医も医学的に説明できないと驚いていたそうです。
写真は作品集の表紙を飾った「イカルスの墜落」1998年
発行:丹羽晧夫作品集編集委員会
規格:B4変形上製本184頁
編集:かとうさとる
デザイン:かとうさとる
デザイン監修:村越昭彦・北沢洋二
印刷製本:凸版印刷㈱