2009年11月23日
今日は大地の芸術祭秋版の最終日
本当の私は臆病で心配症
今日は大地の芸術祭秋版の最終日。当初の予定では、今日、現地入りするつもりでいたが、明日の未明に変更。現地からの便りによると妻有は秋も深まり家々では雪囲いの準備に追われているらしい。私はノーテンキのように見えるらしいが、本当は臆病で、「もし雪でスリップ事故でもしたら」と心配でたまらない。出発を延ばしたのもそんな訳で笑ってしまう。
心配症と言えば、大地の芸術祭のスタートに当たり、北川フラム氏がインタビューで、「アートは手段でその奥にあるものが大事」という意味のことを述べていたのを覚えている。そういう意味では、アーティストを傭兵にするようなしたたか大地に生まれ変わった現地を見れば、「アートによる地域おこし」という初期の目的は、概ね達成されたのではないか。
問題は、初期の目的を達成した大地の芸術祭の今後の展開である。ポスト北川フラムなど、杞憂であればいいが。このことについては、当ブログでもとりあげた朝日新聞の大西若人氏の記事の宿題と根で重なるため、前述した杞憂の意味と合わせて、もう少し時間をいただきたい。
大地の芸術祭あの日あのとき
Weekendイベントで、私はいけばなの行為の中にある「いける」ことの楽しさと、「つくる」ことの楽しさを、舞台裏を公開することで伝えたいと思ったが、うまく伝わったかどうか、今も心配(笑い)している。

写真家の尾越健一さんに「ヘェーかとうさん、生(なま)の花もいけるんだ」と笑われてしまったが、地元以外では初公開で、納得。

いけばなは自然と遊ぶ術と誰かが言っていたが、私もそう思う。

燻炭のドローイングの公開制作でパネルの下地をつくる。

完成した燻炭のドローイングの部分