2009年02月08日

作品ライブラリー(15)灼熱の常滑と窯のある広場(1)



INAX窯のある広場資料館の全景(1986年)


もう一度戻りたい場所がある

この道を歩きはじめてまもなく半世紀近くなるが、もしタイムトンネルがあって希望が叶うなら、もう一度戻りたい場所がある。その一つが常滑のINAX窯のある広場である。1986年の熱い夏の一日、私は龍生派の加藤龍子さんに案内されて常滑に向かった。どこをどんなふうに行ったのか覚えていないが、「着いたよ」と龍子さんに言われて車を降りた。

周りを見渡すと黒いコールタールで塗られた工場の中庭のような場所で、大きな煙突が聳えていた。何か異空間に迷い込んだような不安感に襲われ龍子さんの背中を探したがいない。「早く行くよ」という声に導かれるようにして建物の中に入った。まだその時はここがどんな場所で、何のために案内されてきたのか、私は気がついていなかった。

2階から眼下に姿を現わした巨大な窯を見たときの衝撃を今も鮮やかに覚えている。「火の魔王が眠っている」と、膝がガタガタと音を立てて崩れた。車を降りたときの不安感の正体はこの魔王のせいだと気がついた。こんなことを書くと作為に過ぎると思われるかも知れないが、灼熱の常滑と巨大な窯と龍子さんの一期一会の出会いは、夏がくるたびに思い出す。

INAX窯のある広場の個展は、このようにしてはじまったが、決断したのは夏も終わるころだった。「常滑の聖なる場所に余所者が立ち入ってはいけない」と自制する自分と、「やってみたい」と逸る自分の整理に時間がかかったからである。背中を押したのは常滑を代表する陶芸家の鯉江良二さんと吉川正道さんの「やりたいものがやればいい」の一言だった。龍子さんにそのことを伝えると「やっと決めたかい」と笑った。


常滑と倒焔式角窯

常滑は日本六古窯の一つに数えられ、明治初年にこの地で陶管の量産が行われるようになって以来、昭和30年代まで「土管のまち」として親しまれてきた。現在では中部国際空港が常滑沖合に開港、町中に数多く見られたレンガ造りの煙突と窯も姿を消そうとしている。時代の趨勢とはいえ一抹の寂しさを禁じることができない。窯のある広場の倒焔式角窯は土管のまち常滑を象徴する産業窯で、97年国の登録文化財に指定された。

倒焔式角窯とムシロフェンス



2階から見た倒焔式角窯の全景とINAX窯のある広場個展 ムシロフェンスⅠ(1987年)



INAX窯のある広場個展 ムシロフェンスⅡ(1987年)



INAX窯のある広場個展 ムシロフェンスⅢ(1987年)









  


Posted by かとうさとる at 04:19 | Comments(0) | 作品ライブラリー