2009年02月17日

いけばなとは彼岸と行き来する通い道 下田尚利



いけばなとは彼岸と行き来する通い道 下田尚利


下田尚利 しもだたかとし
1929年東京都生まれ。早稲田大学芸術学科卒。「新世代集団」、「集団オブジェ」、「いけばな批評」同人などをはじめ、前衛いけばなの時代から現代まで、いけばな界に大きな影響を与える。著書に「なぜ花をいけるか」など。大和花道家元。「Fの会」代表。


民俗を源流とする
同時代性いけばなの到達点


私は「いけばなの現在を一人でも多くの人に伝えたい」とブログをはじめた。力量不足でまだ端緒にもついていないが、私が密かにライフワークにしたいと思っているのは、工藤昌伸(いけばな研究家)、北條明直(華道大学学長)、重森弘淹(写真評論家)など、現代のいけばなを確立した先学を「史」として顕彰することで、この発心はいまもぶれていない。

そんな畏敬する先学の一人で、現在も第一線で活躍しているのが下田尚利先生である。美術評論家の三頭谷鷹史さんは著書「前衛いけばなの時代」の冒頭で、「彼は前衛いけばな運動を創出した当事者の一人であり、工藤昌伸、重森弘淹、勅使河原宏とともに新世代集団を結成し、いけばな界の中で左翼的な前衛運動を展開した。(中略)生の花を使った作品は、そのすべてが消滅していることもあって、体験世代の優れた観者が語る言葉がきわめて重要であり、その点で下田は最良の語り部である。」と述べているように、かけがえのなさにおいて、下田先生は中川幸夫と双璧と目されている。

下田先生の凄いところは傘寿を迎えてなお旺盛な制作意欲が衰えないことで、越後妻有アートトリエンナーレ2006「小白倉いけばな美術館」で発表した「風の栖」の鮮烈な衝撃は、いまも脳裏から離れることがない。偏りを承知でいえば「風の栖」は、民俗を源流とする同時代性いけばなの到達点をしるしたもので、私は「Fの会」の同人の一人として、歴史的瞬間に立ち会うことができた幸運を思わずにはいられない。


「風の栖」下田尚利

片桐邸、築300年の大黒柱と奥の仏壇をとりこんで、私が何回か続けている「風の栖」をと考えた。「栖」を通り抜けたところで仏壇に出会い、みんなにお詣りしてもらおうと、仕事を進めているうちに、いろんなことがわかってきた。「いける」という行為は、彼岸からのサインである「花」を通して、ひたすら彼岸とやりとりを続けることだし、「いけばな」とは、彼岸と行き来する通い道なのだと、改めて気がつき、深く納得した。(小白倉いけばな美術館図録より)

いけばなとは彼岸と行き来する通い道 下田尚利

素材:桃、稲、雨戸、布、和紙、ひめしゃら、えごの木、柳、梅、みやまかいどう、ひまわり、洋種山ごぼう|場所:新潟県旧川西町小白倉「片桐喜久男邸」|広さ:24畳|撮影:尾越健一











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Posted by かとうさとる at 00:23 | Comments(0) | 現代いけばな人物名鑑
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