2013年04月15日
役割を終えた舞台は廃絶の道しかないのか
なんかふるさと自慢みたいで
語るに落ちるが…
2011年9月24日、私もパネリスト(司会)の末席を汚した
「映像から見た豊田の定点観測30年」の記念講演に招かれた
映画監督の大林宣彦は豊田市の印象について

「映像から見た豊田の定点観測30年」より転載
「私は平成の大合併は失敗だったと批判してきたが
豊田市にきてその考えが変った
確かに旧町村はトヨタという経済的な豊かな文明社会に編入されたが
旧市民は、農山村の豊かな自然と文化に編入された
幸せな合併だった」
という意味の話をした

4月14日(日)中日新聞より転載
岐阜県と長野県の両県に接し面積で県内の約2割
その内約7割が森林という新生豊田市は旧市民の私たちにとって
■水の郷百選に選ばれた旧旭町
■国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された町並みと
■紅葉の名勝香嵐渓で全国区の知名度をもち旧足助町
■中馬街道の要衝として発展した旧稲武町
■小原和紙と四季桜の旧小原村
■香恋の里の旧下山村
■オカリナの音色で町づくりをすすめる旧藤岡町
なんかふるさと自慢みたいで語るに落ちるが
突然山里の幸をいっぱい抱えた親戚が増えたようなもの
浮かびあがった
農村舞台群の意味
山里の幸の一つが
旧市内の9舞台から一気に78舞台に増えた農村舞台群で
それまで点として見えていた農村舞台が
物流の道に沿って網の目のように連続
三河山間部から南信州、岐阜県の東濃、飛騨地域にかけて
神社拝殿型農村舞台文化圏を形成していることが
浮かびあがってきたから衝撃
なんとかならないか
葛沢の農村舞台

なんかいわく因縁がありそうな灯篭で私はこういうのが苦手
葛沢(旧足助町)と書いて「つづらさわ」と読む葛沢町は
香嵐渓の一の谷から国道420号線を道なりに約4㎞
大見橋の手前「葛沢町千年杉」の看板を鋭角に右折
2㎞ほどで写真の二本杉が右に見えてくる
車を道路脇に停車して徒歩で葛沢町八幡神社へ

民家の軒先を通るためご挨拶をして
左の建物が農村舞台
奥に見えるのが葛沢町八幡神社社殿
鳥居が舞台で遮断されているため
赤瀬川原平の「トマソン」みたいで笑ってしまう

役割を終えた舞台は廃絶の道しかないのか
葛沢町八幡神社農村舞台は明治4年に建てられた
廻り舞台(現在は取り壊し)のある本格的な地狂言の舞台で
市内には廃絶した舞台も含めるとこうした規模の舞台が
20棟の余を数えたというから農山村の地歌舞伎熱や
芸能する歓びが目に浮かんでくる

舞台から客席を観るとこんな感じ
葛沢町八幡神社農村舞台は楽屋も備わっていて
手入れをすればアート・イン・レジデンスとしても使えるが
役割を終えた舞台が廃絶に向かうのは自明の理
葛沢の舞台をとりあげたのは農村舞台の現状を
理解いただきたいと思ったからだが
農山村の少子高齢化は深刻
Posted by かとうさとる at 09:26 | Comments(0) | 農村舞台