2012年12月24日

豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日





芸術新潮12月号
アートニュースから



豊田市美術館と名古屋市美術館連携企画として
この秋のアートシーンで話題になった
「青木野枝|ふりそそぐものたち」が最終日を迎えた




豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日

芸術新潮12月号アートニュース/豊田市美術館の展示


豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日

芸術新潮12月号アートニュース/豊田市美術館の展示
背後の歩く人物から作品のスケールを想像してください


豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日

芸術新潮12月号アートニュース/豊田市美術館の展示



豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日

芸術新潮12月号アートニュース/名古屋市美術館の展示




青木野枝展については
このブログでもたびたび取り上げたため
説明は省略。今回は少し角度を変えて
豊田市美術館のいま昔を簡単に紹介したい


はじまりは七州城



豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日

豊田市教育委員会発行「豊田の文化財」より転載


市指定「七州城図」は
ロンドンで霧の画家として名声を博した牧野義雄の兄で
挙母藩士族の牧野敏太郎が明治20時代に描いたもの

七州城の名は三河(三州)・信濃(信州)・尾張(尾洲)・美濃(濃州)
伊勢(勢州)・近江(江州)の七か国の山々が望めたということに由来

図の中央の小高い山が七州城、中央左に隅櫓が描かれている
さらにその左に白く描かれているのが掘の役割を果たした蓮池

豊田市美術館を図の上に思い描いてみると
ぴったり重なるはず(あとは各自の想像力にお任せ)




豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日


童子山小学校百年誌より転載


明治になると挙母藩は挙母町となり
七州城の跡地に建てられたのが
私が通った中小学校(現在の童子山小学校)

写真は昭和30年に生徒の人文字で描いた校名で
ワルガキ仲間がみんな空を見上げて
ぶつぶつ言っていたのを覚えているがカワイイもの

1995年、移転した小学校の跡地に建てられたのが豊田市美術館で
写真の左の石垣は現在の隅櫓で位置関係がよくわかるはず




豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日


建設中の豊田市美術館(1994年)
旧文化協会創立50周年記念誌の座談会
「地域に根差す美術館」に収録したもので吉田稔さんに挿絵を依頼
私の部屋のどこかにこのときの資料(原画も)があるはずだが
探してもみつからない




豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日


上のスケッチとほぼ同じ場所から撮った豊田市美術館




豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日


遠い異国の地で何を思うか
ヘンリー・ムア「座る女:細い首」の背中




豊田市美術館の青木野枝展今日で最終日


校庭に中小学校の人文字を描いてから60年近い歳月が流れた
当時の田んぼや畑はビルの景色に代わったが
美術館のテラスから眺める山並みは昔のまま

さあ、もう一度リセットして頑張ろうかな


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Posted by かとうさとる at 21:40 | Comments(0) | アーカイブ
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