2013年06月12日
橋の下世界音楽祭の余韻
家で花と遊ぶ
いけばなにとって水揚げは命
水揚げの方法は科学的で秘伝でもなんでもない
もう一つ大事なことは看護士になったつもりで花に接すると
花は気持ちに応えてくれるはず

居間の紫陽花をいけなおして遊ぶ

手洗いの棚にテッセンを挿す
橋の下世界音楽祭の余韻
「橋の下世界音楽祭」について
日本版ウッドストック誕生の予感と書いた
団塊の世代にとって伝説のフェスと言えば
中津川フォークジャンボリー
静岡の「つま恋」を挙げる人が多いが
「橋の下」の空気感はどちらにも与しない
何でもフクシマと結びつければいいものではないが
フクシマがアーティストにつきつけた
根源的な問いかけがなければ「橋の下」は生れなかった
彼らは意識していないかも知れないが
無意識で「橋の下」が生れたことこそ本物
ウドストックが60年代のヒッピー文化の頂点を象徴する
トピックスとして今に語り継がれているように
「橋の下」から胎動したアートの潮流は
大きなうねりとなってこの国のアートシーンを浸食していくはず
不思議に思うのは事件の現場に一部の記者を除いて
報道関係者がほとんどいなかったこと
記者にとって「第六感」は生命線のはずだが
もったいない
Posted by かとうさとる at 03:17 | Comments(0) | 花日記