2013年12月02日

空前絶後の時代小説 村上海賊の娘







作者は「のぼうの城」の和田竜






    『村上海賊の娘』の新聞広告

構想に1年、
東日本大震災直後の2011年4月から4年の歳月をかけて
週刊新潮で連載された和田竜の『村上海賊の娘』が
新潮社から単行本になった
私はノンフィクション派で
小説は余り読まないが『村上海賊の娘』は別

-悍婦にして醜女-
「悍婦」は気性が荒い女で「醜女」はプス
しかも背が高くて(180センチ)唇が厚くて目が大きい
そんな村上海賊の娘「景」(きょう)が
戦国の瀬戸内、難波を舞台に敵味方生命が輝くように戦う
空前絶後の時代絵巻で和田竜の最高傑作


週刊新潮が
出版記念特別対談を特集




    ロバートキャンベルと和田竜の
    『村上海賊の娘』出版記念特別対談を特集した
    週刊新潮11月7日神帰月増大号


最終的には景と雌雄を決して戦うことになる泉州の海賊
真鍋七五三兵衛や真鍋家の海賊たちが「えらい別嬪さんやな」と
みんな景ファンになってハヤしたてるが
和田竜は「景」の容貌について「醜女ゝ」と描写するため
私は真に受けてプスの大女しか浮かばず困惑

海賊とはいえ何でこんなプスをヒロインにしたのか
ロマン派(笑)の私には理解不能で不思議に思っていたが
『村上海賊の娘』にのめりこんだという
東大大学院教授のロバートキャンベルと和田竜の
週刊新潮出版記念特別対談を読んで納得


キャンベル 最初から最後まで中心になるのは景。
「悍婦」にして「醜女」。この言葉一般にわかるのかな。
和田 いゃあ、どうかなあと思うところはあります。 
キャンベル 「悍婦」は気性が荒い女で「醜女」はプス。
でも、そう思って読んでいると、
同時代の目にはプスだったかも知れないけど、
我々にはカッコいい。
和田 僕もそういう感想を持っていただきたいと思って書いていました。
キャンベル 景はすごく背が高くて唇が厚く、目が大きい。
16世紀の日本、特に瀬戸内海では異形でも、
今で言えばモデルですよね。
和田 海外のスーパーモデルってイメージです。(後略)

スーパーモデルは想定外で私も読みが浅い(笑)


今回は少し長くなるため
あらすじの説明は本のオビで省略










    『村上海賊の娘』は上下各巻本体定価1600円(税別)



本題はこちら

黒澤明の「七人の侍」から60年
映画化が実現すれば世界の映画史に
エポックをしるすことは必至


「のぼうの城」もそうだが
和田竜の小説が面白いのは劇画的で
アートでいうミクストメディアとでも言おうか
不思議に思っていたが元雑誌の編集者で
シナリオライター志望だったという経歴を知って納得

手法もシナリオを先に書いてから
小説にするというから従来の作家とは異質

過日、その和田竜が
NHKラジオ「かんさい土曜ほっとたいむ」に出演
約1時間にわたってプロフィールにはじまり
『村上海賊の娘』の舞台裏を語った

私が一番聞きたかったのは
『村上海賊の娘』の映画化の話で
もし、映画になれば「七人の侍」と並び
世界の映画史上にエポックをしるすことは必至

問題は制作費で「のぼうの城」の制作者も
「時代劇は一般の映画の倍近い費用がかかる上
舞台は海、さらに巨額な費用がかかり技術的にも困難」
と、和田竜に伝えたとのこと


もったいない話ではないか

巨費を投じて話題になった「レッドクリフ」が
その後話題にもならないのは人物が描けていないためで
確かにスケール感はハリウッド映画全盛期の
「十戒」や「ベンハ―」を彷彿させたが前編は「並み」
後編は勅使河原宏が「利休」のあとに織部をテーマに
抜け殻のような「豪姫」を撮ったのと同じで
お金をかけただけの駄作

『村上海賊の娘』を私が推すのは
「レッドクリフ」と違って
時代と人物のディテールがしっかり描けていることで
単なる時代小説ではない

マーケットは世界に広がっているのに
目先の小さな利益を追う日本のマネージメントは
足許を見ようとしない
一事が万事でもったいない話ではないか

  


Posted by かとうさとる at 14:27 | Comments(0) | らくがき帖