2009年11月05日

洞が峯と前田公園










私はいつも後手後手で
反省の連続



初冠雪のニュースが届いたのが昨日、
今日(4日)は南の各地でも初霜を観測。
我が家も冬モードに切り替えた。
私もこんな風に早め早めに切り替えることができるといいが、
いつも後手後手で反省の連続。
こんなときは気分転換が一番とデスクワークを中止。
近場の紅葉を探しに家を出た。



洞が峯と前田公園



民芸館側の山麓と
山頂の手入れの落差はひどい



前田公園は、
昭和9年、地元出身の実業家前田栄次郎が
私費を投じて造営した公園で、
平戸橋北方の洞が峯の山頂に聖観音菩薩を安置。

山麓には六角堂(前田家記念堂)、多宝塔を、
山中には仏像を設置するなど、全山を宗教公園として整備。

私が小学生の頃は遠足の定番コースになっていた。
最初の作品集の〆を
この石段の献火のインスタレーションにしたのも、
そんな記憶に導かれたもので、
公園に隣接して民芸館ができたこともあるが、
今でも何かあると足が向いてしまうから不思議だ。



洞が峯と前田公園


山頂に桜台(?)という名の茶店があったことを思い出して
石段をのぼったが、誰もいない。
振り返ると聖観音像が別人のように見えた。



洞が峯と前田公園


不思議なモニュメントにドッキリ。
戦時中前田公園の銅像は軍用に供出。
また戦後は灯篭や仏像群が持ち去られたり破壊されたそうだが、
形状から銅像の台座と思われる。
それにしても民芸館側の山麓と山頂の手入れの落差はひどい。
(地権者の問題があると聞いたが真偽のほどは知らない)



洞が峯と前田公園


鳥居のトルソー(?) 
ミロのビーナスや唐招提寺の仏像のトルソーを持ち出すまでもなく、
人間はどういう理由かわからないが
欠けたものに惹かれる遺伝子をもっているらしい。



洞が峯と前田公園


茶店があったとおぼしき場所で、
空を見上げると楓の枝先が稚児の頬のように色づいていた。
残念だがいまの私は時の流れを見ているだけだ。


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Posted by かとうさとる at 03:09 | Comments(2) | とよた風土記
この記事へのコメント
主を失った台座は哀感を漂わせながらもどことなく飄逸。椎名誠氏の言葉を借りればオモシロカナシズムの世界。
鳥居!!
作為なくこれほどまでに完璧な欠落の様、まさしく唐招提寺のトルソーに匹敵。
いかにも兄らしき散策路、未だ「枯れる」を知らぬ我が身ではあるものの、花は七分咲き、月は満月より少し欠けたるを良しとする民族の末裔であることをあらためて思い知らされるレポート。
忘れられたものを愛好する者として、感興深く拝見させていただきました。
Posted by risi@いけばな at 2009年11月05日 21:01
昭和の土木実業家の作る記念物は宗教がらみが多いなと思う。前橋、牛久の大仏しかり唐突に意味不明の宗教像、個人の信仰に文句は言いませんが他人に信仰を押し付けるような主張はやめてもらいたいですね。
Posted by ぽにょ at 2016年05月19日 10:18
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    コメント(2)