2010年01月13日

新日曜美術館「私とマーク・ロスコ」を見た


マーク・ロスコは
私が一番好きな画家。


1月10日(日)新日曜美術館(20時~21時)この人が語る私の愛する画家「高村薫が語る 私とマーク・ロスコ」を見た。

マーク・ロスコ(1903-1970)は、どちらが一番と言われても困まるが、クリストと並んで私が一番好きな画家だ。残念ながら川村記念美術館のロスコルームは見ていないが、テイトモダンの「ロスコルーム」は、ロスコに会いにいくだけで、航空運賃は惜しくない。(今は厳しいが)





ロンドン テイト・モダンの「ロスコルーム」 
マーク・ロスコ展(1995年)の図録より転載


ロスコについて
ほとんど知っていないことに
気がついた。



そんなわけで、私なりにロスコについては知っているつもりでいたが、番組を見て、私のロスコ好きはシーグラム壁画に偏っていて、ロスコについて、ほとんど知っていないことに気がついた。

一番の発見は、抽象表現主義についてロスコが語った言葉で、ナレーターは「私にとって抽象主義とか、抽象はどうでもいい問題で、重要なことは、人間の感情、怒りや悲しみ、喜びなどを、どのように表すことができるか、である。」と、ロスコの言葉を説明した。

私がこの言葉に衝撃を受けたのは、「人間が行きついた究極の絵画」(高村薫)と言われるシーグラム壁画の核心に迫るロスコの悲痛な叫びを聞いた、ような気がしたからである。もう一つ、私がこの言葉に共振した理由は、『抽象主義と抽象』を『いけばなと伝統』に置き換えてもらえば、理解いただけるのではないか。





川村記念美術館の「ロスコルーム」 
マーク・ロスコ展(1995年)の図録より転載


ロスコのシーグラム壁画とは

ロスコの代表作と言われる「シーグラム壁画」は、1958年、マンハッタンに新しくできるシーグラム・ビル内のレストラン「フォー・シーズンズ」のために制作を依頼されたもので、「自分の絵画で見る人を包みたい」と願っていたロスコは、およそ1年半をかけて30点の絵画を完成させた。

問題はここからで、ロスコは、一足早くオープンしたレストランの雰囲気に幻滅して契約を破棄。行き場のなくなった作品群は1970年に、ロンドンのテイトギャラリー(現テイトモダン)に9点が寄贈。1990年には7点が川村記念美術館に収蔵。他の作品もワシントンDCのフィリップス・コレクションに収蔵。ロスコルームとして公開されている。


私も忘れていた
荒川修作の「養老天命反転地」


ロスコについては、このぐらいにして、アートシーンで荒川修作の「養老天命反転地」がとりあげられた。荒川修作は60年代から90年代の初めにかけて、世界の現代美術に最もインパクトを与えた作家の一人で、1995年、絶頂期にあった荒川修作が美術と建築を一体化したアートのテーマパークとして完成したのが「養老天命反転地」だった。私も何度も足を運んだ。





養老天命反転地(社団法人岐阜県観光連盟素材写真)2004年



「だった」と過去形にしたのは、いま、不思議なほど荒川修作の名も、「養老天命反転地」も聞こえてこないからだ。久しぶりに見た「養老天命反転地」は、荒川の手を離れて、文明の遺跡に還る準備をしているように見えた。私も忘れていたが、荒川修作に対するこの沈黙は不思議だ。



誰がいけているのか知らないが
背景の「花」に嫉妬。


最後にもう一つ。誰がいけているのか知らないが、背景にいけられた「花」がいい。ロスコをイメージしたものと思われるが、スモークツリー一色で、「やられた!」と、嫉妬してしまった。

  


Posted by かとうさとる at 07:07 | Comments(0) | アートの現在