2010年09月03日
農村舞台プロジェクト(16)概要説明(1)
豊田市は農山村型の顔をもった
自動車生産都市
平成17年の市町村合併で、豊田市は足助町、旭町、稲武町、藤岡町、小原村、下山村の4町2村を編入合併した。岐阜県、長野県と県境を接し、面積918平方キロメートルで県内最大。内7割が森林という農山村型の顔をもった自動車生産都市に生れ変わった。

豊田市の北部から南部を大きく蛇行して流れる矢作川
下流に見えるのは旧足助町と旧藤岡町を分ける加茂橋
下流に見えるのは旧足助町と旧藤岡町を分ける加茂橋
78棟の農村舞台が判明
農山村型都市を象徴する一つが、旧町村を中心に現存する農村舞台の存在で、昨年からの調査によると78棟を数えることが判明した。中には文化5年(1808年)に建てられた中金町の市有形民俗文化財の岩倉神社農村舞台のように、回り舞台のある本格的な舞台もあるが、ほとんどは忘れ去られ、消滅の危機に瀕している実態も浮かびあがってきた。
農村舞台というのは、農山村や漁村にある近世芸能舞台で営業用でない舞台の総称で、北は秋田から南は宮崎、鹿児島まで日本各地に分布。この内、岐阜県の飛騨・東濃地域、長野県の南信州地域、豊田市の東~北部地域に約1/3の舞台が密集し、拝殿型農村舞台文化圏を形成していることも明らかになってきた。

有志で農村舞台を調査。背景の舞台は嘉永5年(1852年)に
建てられた明川町熊野神社農村舞台(旧足助地区)
建てられた明川町熊野神社農村舞台(旧足助地区)
伝統を継承する
農村歌舞伎保存会
豊年を祈願する春祭り、実りの秋を祝う秋祭りに、余興行事の農村演芸を行う場として、神社境内に舞台が建てられたのは江戸時代も後半になった頃。娯楽の乏しかった農山村にあって、一年の最大行事である氏子の祭礼に奉納される農村舞台は、華やかで文字通りの桧舞台になったことは想像に難くない。

平成18年8月27日(日)豊田スタジアムで上演した
第2回とよた市民野外劇で口上を述べる農村歌舞伎連
第2回とよた市民野外劇で口上を述べる農村歌舞伎連
ちなみに農村舞台で演じられたのは、アマチュアの村人が役者を演じた地芝居と、旅回りのプロの役者を招いて上演した買芝居の二種類が中心だった。一般に農村歌舞伎といわれるのは地芝居を重ねる内に、村々の出し物に特色が生れ、座を形づくったもので、市内においても伝統の小原歌舞伎をはじめ、旭歌舞伎、石野歌舞伎、藤岡歌舞伎などがよく知られている。
農村舞台は絶滅危惧種
ざっと豊田市と農村舞台の関係について記したが、前述したように農村歌舞伎保存会の活動はあるものの、現存するほとんどの舞台は忘れ去られ、今では農村舞台と知る人も少なくなった。
農村舞台アートプロジェクトを
立ち上げる
こうした農村舞台の再評価に向けて火をつけたのは、当時豊田市議会議長をしていた八木哲也さんで、同氏の働きかけで、市内の芸術家有志がテーブルについたのは昨年10月。旧町村の各支所、豊田市文化振興財団が有志を支える形で実行委員会を組織。一年を待たずして農村舞台のマップを作成。農村舞台アートプロジェクトを立ち上げた。

農村舞台のマップはB2版4折で5千部を印刷。
既に各支所を通して配布済みで残部数は少なくなったが
希望者は文化振興財団文化部℡0565-31-8804まで照会。
既に各支所を通して配布済みで残部数は少なくなったが
希望者は文化振興財団文化部℡0565-31-8804まで照会。
農村舞台アートプロジェクトの目的は
1 農村舞台を知ってもらう
2 農村舞台を使って可能性を探る
農村舞台アートプロジェクトの目的は、平成23年の市制60周年の本格的な事業展開を前に、先ず「農村舞台を知ってもらおうう」「農村舞台を試験的に使ってみよう」という二点。前者はマップの作成。後者は旧町村を中心に第一部アート、第二部ライブに分けて、農村舞台の可能性を探るもので、プログラムは次のとおり。
第一部アートプロジェクト
現代のアートの第一線で活躍する市内のアーティストが農村舞台の空間に挑む個展形式のプロジェクト。

かとうさとる
農村舞台で豊年祀り(公開中)
農山村の必需品の菰200枚と荒縄によるインスタレーション。
9月3日(金)午後半世紀ぶりに回り舞台を回す予定あり。
期間:9月26日(日)まで
会場:深見町磯崎神社農村舞台(旧藤岡地区)

市川明徳
書と灯りのアート展(公開中)
近づくとセンサーが作動(見ての楽しみ)
期間:9月12日(日)まで
会場:榊野町野見神社農村舞台(旧旭地区)

伊丹靖夫と野入の人たち(公開制作中)
豊田芸術選奨を受賞した伊丹靖夫さんと
野入の人たちが協働制作に挑む。
期間:9月6日(月)~12日(日)
会場:野入町神明神社(旧稲武地区)

中根栄二と理と農村舞台(制作準備中)
次代を担う俊英作家が農村舞台にユニットで挑む。
期間:9月6日(月)~12日(日)
会場:細田町神明神社農村舞台(旧足助区)

加納恒・茂登美の
風のギャラリー(制作準備中)
小原和紙の新たな世界にチャレンジする加納恒さんと茂登美が
ユニットで農村舞台にチャレンジ。
期間:9月13日(月)~19日(日)
会場:大坂町熊野神社農村舞台(旧小原地区)

鈴木真幸登|秋を彩る(制作準備中)
豊田市華道連盟理事長の鈴木真幸登さんが
農村舞台を秋色に染める。
期間:9月20日(月)~26日(日)
会場:西広瀬町八釼神社農村舞台(旧石野地区)

石川泰弘先生の課外授業(制作準備中)
美術教育のエキスパートでモダンアート協会の石川泰弘さんが
子供たちを美術大好き人間に導くプロジェクト。
期間:9月20日(月)~26日(日)
会場:阿蔵町須賀神社農村舞台(旧下山地区)
ライブプロジェクトは作成中
2010年09月01日
農村舞台プロジェクト(15)メディアに感謝
今は理屈抜き!
プロデュースに本腰を入れなければ
みんなに申し訳けない。
「二足の草鞋を履く」という言葉があるが、今回のプロジェクトで私はプロデューサーと作家という二足の草鞋を履いた。

8月31日付け朝日新聞
構想から一年もたつていない試行ということから、先ずは自分が「テストドライバーの役割を引き受けよう」とオープニングを買って出たが、結果として自分のプレゼンをしたようなもの。(反省)

8月31日付け読売新聞
プロジェクトはスタートしたばかりなのに、なんだか燃え尽き症候群のような気だるさは二足の草鞋の弊害だが、今は理屈抜き。プロデュースに本腰を入れなければみんなに申し訳けない。
2010年08月31日
農村舞台プロジェクト(14)地域再生の手ごたえ
13時10分頃
NHK「ふるさとラジオ」で全国紹介
農村舞台アートプロジェクトがはじまった。
幸い多くのメディアで紹介され、身の丈以上のプロジェクトに発展したが、今もって半信半疑というのが正直な感想で、少し疲れ気味。
思い返せば「豊田市の山間部は近世農山村の文化の研究の宝庫」と、初めてブログに記したのが去年の今日8月31日。そのメモリアルの日にNHK「ふるさとラジオ」で全国に紹介されるのは出来過ぎというもの。電話取材を受けるのは私で、時間は13時10分頃の予定。誰かに「代わってもらえばよかった」と反省しているが後の祭り。
農村舞台で豊年祀り

タイトルは実りの秋の感謝と農村舞台の再生を願って
「農村舞台で豊年祀り」とした。

木立の間から空を見上げると真夏のような青い空が

借景の緑が鮮やかな農村舞台

舞台に上がって見上げるとこんな感じ
素材は菰200枚と荒縄

家路の途中で見つけたホテイアオイ
2010年08月28日
農村舞台プロジェクト(13)只今公開制作中
各紙が競って
農村舞台アートプロジェクトを紹介

「新聞見たよ」と中日新聞の影響力は絶大(8月26日)
公開制作スタート

左は事務局(文化振興財団)に依頼した足場用イントレの組み立て
右は黙々と菰の下拵えをする豊田銑芳さん。
タイトルは
「農村舞台で豊年祀り」
予定では今日(27日)で
小屋組み(天井部分)の仕事を完成させるつもりでいたが
算段が甘く明日(28日)にずれ込み。

高所作業について相談した業者は
「危ないから止めた方がいい」と一言。

ちなみに私は梯子乗りの演技で梯子の上で
逆立ちをしたことがあるが、ムカシの話。

とりあえず今日(27日)はここまで。
なんとか目途がたったのは
豊田銑芳さんと地元の佐藤さんのおかげ。
2010年08月24日
農村舞台プロジェクト(12)今日は搬入
藁物は絶滅危惧種
明日からの公開制作に備えて接骨院で腰痛の治療
地方紙の原稿の校正を済ませて搬入開始。
在庫があると油断していたが荒縄が予定した量より少なく誤算。
ビニール系に押されて藁物は絶滅危惧種になったのか
市内のホームセンターを全部回ったが足りない。(まあいいか)

今回の素材はこれだけ。
左から麻布、荒縄(なんとか13巻かき集めたがもう少し)、菰、簾

農村舞台の奈落
こんなところで回り舞台を回す人は大変!
2010年08月24日
農村舞台プロジェクト(11)今日も終日準備
今日(23日)は処暑
なのにこの猛暑!
地元紙から頼まれていた原稿の入稿
地元のケーブルテレビの制作スタッフと番組打合せ
菰の舞台搬入と、今日も終日農村舞台の準備

バーべーキューで打ち上げ(?)
深見町のみなさん宜しくお願いします
深見町のみなさん宜しくお願いします
8月22日(日)
地元の人たちが総出で舞台の片づけ。
「かとうさん回り舞台舞台回ったよ!
もう一度回そうか」とみんな元気
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、
宜しくお願いします」と私
みんないい人ばかりで、感謝!
2010年08月21日
農村舞台プロジェクト(10)退路を断つ
テンションが下がってきて、少し心配
農村舞台アートプロジェクトの公開制作まで3日。
間に合うかどうか心配していた「菰」も入荷したとのことで一安心。
ところが、ここにきてどうしたわけかテンションが下がってきて、
少し心配。
勝負所のゴール前で失速する私の悪い癖で、
タガを締めなおさないとタイヘン。

今日も終日農村舞台の打合せ。
鮎の塩焼きが食べたくなって広瀬の簗に立ち寄ったが、
一人ではつまらないため、川面をぼんやり眺めて家路に。

これで仕事が悪かったら犯罪だ!
それでも季は正確に時を刻み、よどむことなく流れていく。
幸い農村舞台の取材依頼も多く、9月1日にはNHKラジオの
「ふるさとラジオ」で全国放送の予定も。
これで仕事が悪かったら犯罪だ!
2010年08月18日
農村舞台プロジェクト(9)鮎の土用がくれ
昨日に続いて連日の猛暑日
農村舞台アートプロジェクトの公開制作のスタートまで正味一週間。アツーイ!なんて言っていられない。今日は深見町の公民館で区長の大田五男さん、副区長の高野和男さんと打合せ。チラシも既に全戸に回覧。今週の土曜日には、役員さん全員で舞台の掃除をしてもらえるとのことで感謝!さらに、涼むところがないからと、お客さん用にテントも二張り用意してもらえるとのことで、後は私が仕事で応えるだけ。
「本当にこれでいいのか」と、漠たる不安がないわけでもないが、この仕事に賭けるしかない。こんなときは、矢作川の岸辺で水の流れるのを眺めてぼんやりするのがいちばん。
上流を見ても
下流を見ても釣り人がいない

豊田スタジアムから数キロ上流の通称「お釣り土場」。名前からもわかるように、この辺りは矢作川でも鮎釣りの一級ポイントとして知られているが、釣り人がいない。
この時期は「土用がくれ」と言って、水温が高く鮎が水温の低い場所にかくれて、釣りにならないことは承知しているが、100万匹近い天然鮎が遡上したはずなのに、どこに隠れてしまったのか不思議。

下流を見ても誰もいない。
2010年08月16日
間もなくあいちトリエンナーレ開幕

あいちトリエンナーレのガイドブック
美術手帖2010年8月号増刊BT 1260円
都市を舞台にした
国内最大規模のアートフェスティバル
○会期/8月21日(土)~10月31日(日)
○会場/愛知芸術文化センターほか名古屋市内主要4会場
瀬戸内国際芸術祭に続いて国内最大規模のあいちトリエンナーレが間もなく開幕する。従来の国際展が美術、舞台、建築などジャンルに特化した形で開催されてきたのに対して、あいちトリエンナーレは「都市の祝祭」をキーワードに、美術、舞台などジャンルを横断したアートフェスティバルが特徴。
この拡大型があだとなって(?)全容がなかなか見えなかったが、ここにきて全体像が見えてきた。なるほど、こういうことだったのか、と納得したが、それでも説明するのは難儀。先ずは足を運んでもらって体感してもらう他はなさそう。

文字が小さくて読みにくいかも知れないが、
私が説明するより確か。(中部読売記事抜粋)

こんな形で、愛知県美術館、名古屋市美術館のほか、栄の中心街、長者町地区、名古屋城などに展示されるとのこと。


市内のコンテンポラリー系の各ギャラリーでもアートフェアが予定されているため、県外の方は宿泊セットがお得。余談にそれるが「愛知の現代美術は元気」と言われるが、アートフェアのラインアップを見て納得。
あいちトリエンナーレの口なおしに
とよたの農村舞台アートプロジェクトまで
足を延ばしてはいかがですか(?)
とりあえず私のPRで恐縮ですが
○場所/豊田市深見町磯崎神社農村舞台
○公開制作/8月25日(水)~28日(土)
○内覧会/8月29日(日)13:00~
○前夜祭(オープニング)/8月29日(日)18:00~
○会期/8月30日(月)~9月5日(日)夜明けから日没
※延長を協議中のため正式に決まり次第お知らせします。
※交通が不便のため遠方の方で予めご連絡いただければ
名鉄豊田新線「浄水」駅までお迎えできると思います。
2010年08月12日
農村舞台プロジェクト(8)覚悟を決める
台風4号の余波で終日雨

榊野温泉で知られる榊野町の里山
地元の説明会も今日の旭地区榊野町の野見神社で終了。
榊野からの帰路、深見町の区長さんのお宅に立ち寄りご挨拶。
気がついたら農村舞台アートプロジェクトの公開制作まで
二週間をきってしまった。もう引き返すことも、言い訳も通用しない。
相手は磯崎神社の小屋組み

磯崎神社の農村舞台は明治34年(1901年)に建設されたもので、
木と鉄を組み合わせるという明治期の農村舞台の様式を伝える貴重な
舞台の一つ。私も指摘されるまで気がつかなかったが、よく見ると
伝統的な小屋組みの上の梁から下の梁を鉄材で吊っているのがわかる。
相手はこの小屋組みしかない。「また」と思う方もいるかも知れないが、想を温めてきた「かとうさとるの空間遊戯(風のドローイング)」のプランは全面変更。ムシロフェンスに代えた。
言いたいやつは勝手に言え!

私のような民俗史観をもった人間にとっては、
小屋組みも回り舞台も素材の一つ。
無骨といわれようと「やる」しかない。
言いたいやつは勝手に言え!
磯崎神社農村舞台のアクセスはこちら

グリーンロード西中山インター、東海環状自動車道豊田藤岡インター
から県道を小原方面に北上。「深見細田」の信号を左折。
道なりにしばらく進むと右手に磯崎神社が見えてくる。
(インターから約20分ほど)
○会場:藤岡地区深見町磯崎神社農村舞台
○公開制作:8月25日(水)~28日(土)
○内覧会:8月29日(日)13:00~
○前夜祭(オープニング):8月29日(日)18:00~
○公開:8月30日(月)~9月5日(日)
○時間:夜明けから日没まで(夜も可)
予めご連絡いただければご案内できると思います。
2010年08月12日
農村舞台プロジェクト(7)それぞれにスタンバイ②
喪服を着たまま奔走

従兄の突然の訃報に続いて親戚の若子旭さん(豊田市郷土史研究会会長)
の逝去が重なり、連夜の通夜~葬儀。そんなわけで農村舞台の記者発表も
新聞の校正も、小原和紙の加納恒さんと登茂美さんの打合せも、
喪服を着たまま。最後は濡れた敷石に足をとられてスッテンコロリン。
(アワテナイ アワテナイ)
ユニットで農村舞台にチャレンジ
前回のブログで作成中とした中根栄二さんと理さんの足助地区の細田神社農村舞台、加納恒さんと登茂美さんの小原地区の熊野神社農村舞台のチラシができた。
「幸福とはパートナーを見つけることで、もしそのパートナーがあなたの妻や夫であれば、あなたは最高の幸福な人である」という意味の箴言をどこかで読んだことがあるが、二組ともご夫婦のユニットで活躍するアーティストで、シアワセにあやかいたい人は是非!。

若手彫刻家として全国各地の彫刻展で活躍する
中根栄二(なかねえいじ)さんと造形家の理(あや)さん。
確かな造形力に加えてコミュニケーション能力が秀逸で、
次代の作家像を担うユニットとして期待!
○会場:足助地区細田町細田神社農村舞台
○とき:9月6日(月)~12日(日)
○時間:夜明けから日没まで

ユニットで小原和紙の新たな世界にチャレンジする
加納恒(かのうひさし)さんと登茂美(ともみ)さん。
国内はもとよりフランスなど海外でも活躍。
そんな旬の作家が私の無理な提案にも二つ返事で快諾。
心意気に感謝!お父さんは小原和紙の至宝加納俊治さんで
お母さんも和紙を漉く芸術家ファミリーとしても有名。
○会場:小原地区大坂町熊野神社農村舞台
○とき:9月13日(月)~19日(日)
○時間:夜明けから日没まで
2010年08月06日
農村舞台プロジェクト(6)それぞれにスタンバイ
大変だが感謝!
6日付けの豊田の論壇紙「矢作新報」の一面に農村舞台アートプロジェクトが載った。9日(月)には大手メディア向けの記者発表を予定。本当に大丈夫かな、心配になってきた。

矢作新報は2回にわけて特集を予定。原稿は私が書くことになっているため「締め切りは」と聞くと、「最初の原稿は9日(月)の午前中迄に」とのこと。大変だが感謝!
それぞれにみんなスタンバイ

タイトルが臭いかも
時間は夜明けから日没までとなっているが夜も可。

石川泰弘さんは自分が校長をしている学校の生徒と課外授業
農村舞台がアートの寺小屋になるとのことで楽しみ。

伊丹靖夫さんは地元の人と協働制作にチャレンジ

市川明徳さんは「夜も見てほしい」とのこと。
写真で見ると開放的にみえるがナカナカ雰囲気のある場所で
夜はとてもムリ。度胸のある方はどうぞ。

華道連盟理事長の鈴木真幸登さん
「僕はお花をいける」と正直。
小原和紙の加納恒さん登茂美さんの小原地区大坂町の「熊野神社」
彫刻家の中根栄二さんと理さんの足助地区細田町の「細田神社」は
チラシの作成中のため次回に予定。
2010年08月01日
農村舞台プロジェクト(5)集落の抱える問題
農村舞台アートプロジェクトまで
30日を切った
マップを兼ねたチラシも刷り上がったが、
まだ打合せが済んでいない地元もあって最後の追い込み。

チラシの表紙

チラシの裏面の部分。
赤い印は農村舞台の位置を表したもので、岐阜県や長野県に
隣接する北部に農村舞台が密集していることがわかる。
今日の予定は足助地区の
細田神社の農村舞台
今日の予定は足助地区の細田神社の農村舞台だが
足助の山中にきて森林浴をしない手はないため寄り道。

B級スポットとしてその道では有名(?)な風天洞に遭遇
私はこういう場所が苦手!寄り道を後悔したが後の祭り。


細田の集落の近くで黄花コスモスを見つけて口直し
ここまできたらやるしかない!
細田神社に到着すると、既に区長さんと彫刻家の中根栄二さんと奥さんの理さんが待っていた。中根夫妻は私が職にいた当時から注目をしていた作家で、久しぶりに会ったがコミュニケーション能力が秀逸でますます目が離せなくなった。(楽しみ)

左は細田区長の鈴木貞男さん
右は彫刻家の中根栄二さん
お話を伺うと、「田圃も集落もワシらの代で終わり」と区長さん。細田の集落は18世帯で、その上にいくつかの集落が集まった行政区があるが、全体でも40世帯しかなく、しかも高齢化が進んでいるとのこと。
農村舞台を有形民俗文化財というのは易いが、ほとんどの集落が同じような問題を抱えているのではないか。大変な扉を開けてしまったというのが正直な感想だが、ここまできたらやるしかない!(大丈夫かな)
2010年07月27日
大浜と碧南市藤井達吉現代美術館と庄司達さん
思えば私も遠くにきたもんだ
視聴者から寄せられた思い出の場所を訪ねるNHKの「にっぽん巡礼」に、心を癒される人は多いのではないか。私にとって、そんな場所の一つが大浜(現在の碧南市)の玉津浦海水浴場で、あれから半世紀余が過ぎたが、今も暑い夏がくるたびに、汐の匂いと悪ガキたちの歓声が聞こえてくるような気がしてならない。思えば私も遠くにきたもんだ。

大浜は矢作川の河口と衣浦湾が交じりあう半島に位置することから、古くから港町として栄え、江戸時代には「三河五湊」の一つに数えられた。製塩業も盛んで、中馬の背で運ばれた「足助塩」は大浜で製塩されたもの。
写真は明治末期の大浜の中心市街地。(西三河今昔写真集より転載)

現在は埋め立てられて臨海工業地帯になってしまったが、海水浴場は衣浦湾口から新明石海水浴場、新須磨海水浴場、玉津浦海水浴場と続いていた。写真は昭和30年の新須磨海水浴場(西三河今昔写真集より転載)
碧南市藤井達吉現代美術館は
大浜の町並みとともに
一度は訪れてみたい美術館
市内には蓮如上人ゆかりの応仁寺など多くの寺院があり、大浜の往時の繁栄を偲ぶことができる。その寺町の一角に一昨年(2008年)オープンしたのが碧南市藤井達吉現代美術館である。
日本の近代美術史に大きな足跡を記した碧南市出身の孤高の芸術家藤井達吉(1881-1964)を軸に、同時代の美術の枠組みの再構築を目指すというもので、大浜の町並みとともに一度は訪れてみたい美術館としてお薦め。
館長の木本文平さんは愛知県美術館副館長から招かれた藤井達吉の研究者で、お話を伺うと藤井達吉の再評価に向けた取り組みが全国展開で予定されているとのこと。藤井達吉の研究(私の場合は顕彰活動かも)については、私も小原和紙の調査を通して関わってきたが、深入りし過ぎて字余りになることは明白のため、今回は予告編としてご容赦願いたい。
今日の目的はこちら
藤井達吉現代美術館で庄司達展
碧南市藤井達吉現代美術館を語るとき、大浜という場所のこと、藤井達吉という偉人のことについて触れないわけにはいかないため、字数を割いたが、今日の目的はこちら。

中部地方は現代美術の活動が最も活発な地域の一つとして知られ、荒川修作、河原温など(少し古いかな?)数多くの作家を輩出している。
こうした愛知の精神的風土を受け継いで活躍しているのが庄司達(1939年生)さんで、布や紐など柔らかな素材を用いたシャープで美しい空間造形は他に比類がなく必見。
失礼を省みずに言えば、年齢的にも庄司さんの仕事をまとまった形で概観できる機会は限られているため、このチャンスを見逃す手はない。
庄司さんの仕事
余談に逸れるが庄司さんのお父さんは、嵯峨流の重鎮として活躍した庄司大虚さんで、庄司さんの空間に上質ないけばなの精神性を感じるのは、いけばな人の性でご容赦を。

参考作品1990年 NationalGalleryBangkok(タイ)

参考作品1992年 NHK名古屋放送センター

参考作品1995年 新潟市美術館

参考作品1997年 国立現代美術館(韓国)
藤井達吉現代美術館のアクセスはこちら

2010年07月23日
こんなときは水辺が一番
アタマがショートしそう
農村舞台アートプロジェクトまで40日を切ったが、
自分の作品の準備、地元の説明会、チラシの校正、
パブリシティの準備、おまけにこの猛暑!
みんな同時進行でアタマがショートしそう。

今日も猛暑日でアッチッチ(朝日新聞)

暑いはずだ!

空を見上げると真夏の入道雲

こんなときは水辺が一番(籠川)
2010年07月20日
秋海棠に水を打って涼をとる
海や川で水難事故が多発
みんな余りにも無防備すぎるのではないか
無防備と言えば、先月18日、奥浜名湖の静岡県立三ケ日青年の家で、体験学習にきていた豊橋市の中学生が訓練中に遭難した事故が象徴的。浜名湖は一見して穏やかに見えるが、風が吹くと湖面が盥に張った水のようにチャップン、チャップンと音を立てて波立ち危険。
どのぐらい危険か、というと、以前、浜名湖でロケをしたテレビ番組で、板東英二が乗ったボートが風に流されて真っ青になっていたシーンがあったが、笑い事ではない。釣り人なら浜名湖の怖さを知らない人はいないのではないか。
私もゴムボートで釣りをしていて大変な目にあったことがあるが、浜名湖で海洋訓練を指導する専門家がそんなことも知らないとしたら失格。しかも当日は大雨と強風の注意予報が出ていたとのことで論外。人災以外のなにものでもない。一事が万事で何かみんなオカシイ。
秋海棠に水を打って涼をとる
水を打って涼をとるのは先人の知恵で
アタマがオカシイときはこれが一番

花:秋海棠
器:工藤真人
2010年07月19日
農村舞台プロジェクト(4)農村舞台の揃い踏み
もし関係者の方で
このブログを見ている方がいたら
ご容赦を
梅雨もあけ本格的な夏がやってきた。
まだご挨拶をしていない地元もあるが、とりあえずチラシの版下を作成した。時間がないため全てが同時進行で独断専行を余儀なくされているが、もし関係者の方でこのブログを見ている方がいたら、ご容赦を。
プロジェクトの概要
農村舞台アートプロジェクトと大層なタイトルをつけたため、
何か凄いことをやるように思われた方もいると思うが、
実態は手づくりのアートイベントで、本格的な取り組みは来年度以降。
先ずは
①みんなに農村舞台を知ってもらおう
②どんな可能性があるのか、使ってみよう
というもので、
①は仮のマップ(チラシ)を作成
②は合併した旧町村から2箇所をピックアップ
ライブ8舞台、アート8舞台の計16舞台を予定。
入稿準備
プロジェクトのチラシはA2版4つ折りで
表面にプロジェクトの概要と農村舞台の一覧。
裏面に地図を掲載。

一面は農村舞台の概要がわかるように

二面はプロジェクトの概要がわかるように


三面と四面は農村舞台の写真を切手シートのように
メシは後回し
先ずは印刷会社に入稿しなければ
(追記)
アホみたい。
今日は連休で休みとのこと。
2010年07月15日
森村泰昌の希望と絶望に言葉を失う
豊田市美術館で開催中の
森村泰昌-なにものかへのレクエイム
に足を運んだ。
本展は20世紀の男たちをテーマに、世界のメディアに取り上げられた報道写真を源泉とする最新のシリーズ〈なにものかへのレクエイム-戦場の頂上の芸術〉を完全版で紹介するとともに、森村泰昌の代表作〈女優シリーズ〉の未発表作品を含む170点を加え、森村泰昌の全容を紹介。
森村泰昌の眼をとおして「20世紀とは何であったか」検証するとともに、未来を生きるための指針を探るもので、必見!。

本展は私が今年一番楽しみにしていたもので
弓を矯めるようにして雨の中豊田市美術館に急いだ。
私がこの日まで待った理由

本展は二部構成で、第一部東京写真美術館で好評を博した
〈戦場の頂上の芸術(オトコ達へ)〉に、第二部〈女優シリーズ〉
を加えてバージョンアップ。

私は東京写真美術館に足を運ぶつもりでいたが、学芸員から森村泰昌の代表作〈女優シリーズ〉の未発表作品を含む170点を加え、森村泰昌の全容を全館で紹介するという情報を得て、この日まで待った。
森村泰昌の説明は野暮
あとはよろしく!
私はアートマネージャーを職としていたせいか、モノとコトを「史」として概観する癖があって、重要なポジションにいる作家や作品をひそかにマークしてきた。中でも大竹伸朗や川俣正、宮島達男など20世紀の現代美術を決定した犯人を推理することは、ミステリー小説の犯人を捜すようなもので、結構楽しい。
当然のように森村泰昌も重要参考人の一人。と、ここまでは情況説明したが、本展を一巡して私のこうした認識がいかに驕ったものか、恥ずかしさと衝撃で声も出ない。そんなわけで、1970年11月25日、「楯の会」のメンバー4名とともに、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に籠城。割腹自殺した三島由紀夫事件をモチーフにした映像作品《烈火の季節/なにものかへのレクエイム》の檄文の全文を図録から転載して現場から退散。
あとはよろしく!。
烈火の季節/なにものかへのレクエイム
(MISHIMA)の檄文を図録から全文転載


静聴せよ。
静聴せよ。
静聴せよと言っているんだ。
静聴せよと言っているのがわからんのか。
私は、あなたがたに、このような状況下で話すのはむなしい。
しかしながら私はこの日本の文化というものを、
この日本の文化を頼もしく思っているんだ。
しかし日本の政治は政権争いの謀略、私利私欲に走り、
芸術もまたマスコミに踊らされ、流行現象の片棒をかつぎ、
世界戦略とやらにうつつをぬかし、コマ―シャリズムと売名行為、
経済効果が価値とばかり、精神的にからっぽに陥っている。
静聴せよ。
静聴せよ。
静聴せよと言っているんだ。
日本の根本がゆがんでいるんだ。誰もそれを笑っているだけだ。
それでだ。昭和45年11月25日、なにが起こったかだ。
1970年だ、万博ではないぞ。
東京新宿、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室、そうだよ、
ここは戦後の戦犯に判決が下された、
あの東京裁判の場でもあったのだが、
そこにひとりの男が自らの死と引き換えに乱入し、
ヤジと罵声のなかで演説した。
おまえら聞けえ。聞けえ、
静かにせえ、話を聞け、
男一匹が、命をかけて諸君らに訴えかけているんだぞ。
いいか、いいか。
それがだ、いま日本がだ、
ここでもって立ち上がらなければ、諸君てものはだね、
永久に外国の文化の奴隷である。外国の軍隊の犬である。
だから、だからだよ。諸君の、諸君の決起を待っているんだよ。
諸君は表現者だろう。
それならば、自分を否定する表現に、どうしてそんなに憧れるんだ。
自分を否定する流行りすたりに、どうしてそんなにペコペコするんだ。
そうしている限り、諸君てものは永久に救われんぞ。
多くの間違った文化現象がこの世に跋扈している。
芸術がめざすものとはなんなんだ、日本的なるものとはなんなんだ。
みんな、みんな間違っている。
あいつもこいつもみんな間違っているんだ。
この間違いに気がついたものはいないのか。
わかった、わかったよ。
諸君は芸術のために立ち上がらないと見極めがついたよ。
これで俺の芸術に対する夢はなくなったんだ。
それでは俺はここで万歳三唱を叫ぶ。
万歳! 万歳! 万歳!
万歳! 万歳! 永遠の芸術万歳
万歳! 万歳! 万歳!
これはほんのさわりの一部。
あいちトリエンナーレも
瀬戸内国際芸術祭もいいが
先ずは本展を見てから未来を語れ!

○会期:2010年9月5日(日)まで
○アーティストトーク:森村泰昌
7月31日(土)14:00-16:00
○記念対談:上野千鶴子×森村泰昌
9月4日(土)14:00-16:00
○問い合わせは豊田市美術館(0565)34-6610
2010年07月10日
早速ジュースにしていただいたが美味い!
農村舞台アートプロジェクトの説明で地元回りを始めた。
案ずるより産むがやすしで、みんな「それはいいことで何でも協力する
から言っとくれん」と背中を押してくれるが、いろんな意味で大変。
帰路農家の庭先に立ち寄る

畑から朝採ったというスイカがずらりと並んでいたが
みんなサッカーボールよりも大きく、おまけに重い。
そんなわけで私が買ったのは胡瓜一皿百円。
次に立ち寄ったのが
桃名人の林さんの家

「クズだけど良かったらいいだけ持っていって」と、こちらはタダ。
ついでにメロンとトマトもいただいた。
早速ジュースにしていただいたが美味い!
2010年07月09日
岡崎の伊賀八幡宮で蓮が見ごろ
私も好きなようにさせてもらうから
まアいいか。
一昨日、農村舞台アートプロジェクトの会議がありプログラムの概要が決まった。オープンまで50日。場所とアート部門の作家やライブ部門の出演者が決まっただけで、印刷物も白紙。「今月中に頼むでね」とみんないい加減だが、私も好きなようにさせてもらうから、まアいいか。
そんなわけで、ここ数日は農村舞台のマップの原稿やマネージメントの推敲で徹夜状態。睡眠不足だと思うが後頭部にチクリチクリと針で刺すような痛みがあり、気になるが、まずはここを乗り切ってから。
まだ八分咲きで
今月いっぱいは楽しめそう
余談に逸れたが今日(8日)は、亡くなった妻の名義になっている車の名義変更のため岡崎に車を走らせた。本当の目的は伊賀八幡宮の蓮の花を見るためで、久しぶりに目の保養をさせてもらった。

伊賀八幡宮は、文明2年(1470年)松平氏4代親忠が松平氏の氏神として創建。天下人となった徳川家康が社殿を改築。現在の社殿は焼失したため、3代将軍家光が寛永13年(1636年)に造営したもの。近年の研究調査で、家康と伊賀八幡宮について新たな発見があり話題になったが、詳しく記憶していないため割愛。(建物はほとんどが国の重要文化財)

神域を守る隋身様を門の両側に祀る隋身門
手前の石橋は渡ることはできない。(昔渡った記憶があるが)

見ごろを迎えた蓮と隋身門

まだ八分咲きで今月いっぱいは楽しめそう
帰路大樹寺に立ち寄る
大樹寺は、松平氏4代親忠が文明7年(1467年)建立した松平氏の菩提寺。永禄3年(1560年)桶狭間の戦いに敗れた松平元康(家康)が大樹寺に逃げ帰り、先祖の墓前で自害しようとし、住職の上人に諭されて自害を思いとどまったという逸話は有名。家康が座右の銘とした「厭離穢土、欣求浄土」は、このとき上人が家康に説いたものと言われている。

大樹寺の総門、山門、本堂は岡崎城の天守閣と南北一直線上にあり
家康と大樹寺の歴史を今に伝えている。



