2012年01月26日

今年も紅梅前線到着











あなたは
「豊田郷土を知る会」を
御存じですか



市内で郷土史のグループと言えば市井の郷土史家
故若子旭さんがよびかけて設立された豊田市郷土史研究会が
よく知られている

毎年紀要を発行するアカデミックな郷土史研究会には
足元にも及ばないが「豊田郷土を知る会」もそんなグループの
一つに数えてもいいのではないか

今日その「豊田郷土を知る会」の総会があり出席した
人数の少なさは慣れているがレジュメを見てびっくり
新役員の末席に広報・記録担当として私の名前が

要は私に「会報を発行してほしい」とのことだと思うが
「みなさんよろしいでしょうか」「異議なし」「異議なし」
余分なことを言っても仕方がないため
私もハハハと笑ってオシマイ


メンバーは小・中・高校の元校長や、元郷土資料館長など
キャリアを聞くと少し敷居が高いように思う方もいるかも知れないが
みんな気さくでいい人たちばかり

出入り自由のゆるい会で気楽なもの
あなたも郷土を知る会に入りませんか
ご連絡をお待ちしています




平芝公園に紅梅前線到着






平芝公園で紅梅の蕾がはんなりと彩づいた
見ごろは例年並みの2月中旬から下旬になるのではないか






剪定された梅の枝
話を聞くとゴミ処理場で燃やされてしまうとのこと








数枝拾って家に持ち帰り居間に活けたが
もったいない

■花⇒紅梅・白梅・蠟梅・椿
■器⇒猿投窯山田和俊焼〆め


  

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2012年01月24日

今日は公園デビューの予行演習







BSシネマ~心のビタミン邦画珠玉作~
「かもめ食堂」を見た


主人公はフィンランドで小さな食堂を営む日本女性サチエと
店に集う一風変わった人々との温かい交流を描いたもの







画面は主人公のサチエを演じた小林聡美







画面右ははトリプル主役のミドリを演じた片桐はいり
左はマサコを演じたもたいまさこ

詳しい感想は省くがタレント映画が氾濫するなかで
このキャスティングをした監督(萩上直子)の勇気と良心
監督の起用に応えたトリプル主役の三人に拍手(パチパチ)




今日の本題はこちら
県緑化センターで
公園デビューの予行演習






豊田市の風景について今から100年ほど前
ロンドンで霧の画家として名声を博した
牧野義雄は著書のなかで次のように書いている







牧野義雄「ピカデリー・サーカスの夜景」(豊田市美術館所蔵作品展図録より転載)


「私の生れ故郷は、日本の擧母です
三河地方のそれはそれは小さな山村の村です
それで、あたりの景色はとても美しいのに
擧母を通りかかる旅人にしても草鞋を脱ごうとしません

魅力的な景勝の地にこと欠かない日本では
私の故郷などものの数にも入りません
それでももし仮に
英国か米国に擧母が置かれていると仮定してみましょう
美しい擧母の景色ゆえに、きっと有名になったはずです

何といっても自分の生れ故郷です
それだけで、私は私なりに擧母を誇りに思っております」






雲海のような雪柳と桜のグラデーション(県緑化センターで昨年3月末撮影)


県緑化センターを紹介するのに牧野義雄から入ったのは
足助の香嵐渓や小原の四季桜など魅力的な景観スポットに
こと欠かない豊田市の中で、県緑化センターが牧野義雄が紹介した
「擧母」と同じように過少評価されているのではと
常々感じていたからだが、少し回りくどかったかも







県緑化センターは、県政100年を記念して
市内藤岡地区西中山町に建設された広大な自然公園で
昭和天皇在位50年を記念して建設された昭和の森に続く
ロケーションとスケール感は利用しなければもったいない







蠟梅が見ごろ







木瓜はごらんのようにまだ真珠の玉のよう

公園デビューはまだまだ先
やることをしなければ



  

Posted by かとうさとる at 03:09 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2012年01月19日

奥三河の「花祭り」考(3)











蠟梅を居間に挿して春を待つ






花⇒蠟梅、薔薇
器⇒中島将夫「高麗青磁」
版画⇒国島征二
写真⇒石田真典





名大野依記念交流会館で
奥三河の「花祭り」の伝承を考える
シンポジウム



■シンポジウムの開催経緯と内容⇒下の朝日新聞記事を参照
■とき⇒1月21日(土)・22日(日)
■会場⇒名古屋大学野依記念学術交流会館(名古屋市千種区)
■参加⇒無料
■参加方法⇒メール(hanamatsuri@lit.nagoya-u.ac.jp)か
実行委員会(052-747-6770=電話とファックス共通)で申込み






記事の中で、佐々木名古屋大学准教授は「花祭りのような無形文化財を映像に残す場合『何が花祭りの本質なのか』という議論を避けて通れない」と語っているが、神事と芸能が未分化で混在する花祭りの本質を探ることは、日本人の深層を流れる民俗の精神的源流を探ることで、過疎化で存続が危ぶまれている今がラストチャンス。

本件とは別に、この花祭りの全貌を記録した展覧会が、いま、三州瓦で知られる「高浜市やきものの里かわら美術館」で開催されている。




高浜市かわら美術館で
花祭りの全貌を記録した
民俗写真の先駆者芳賀日出男の
ドキュメンタリー写真を初公開







芳賀日出男は折口信夫に民俗学を学んだ民俗写真の先駆者

本展はこの芳賀日出男の代表作「花祭り」の組写真をとおして
国の重要無形民俗文化財「花祭り」の本質を探るというもので
ユネスコの世界無形文化遺産に向けた運動を後押しする展覧会として
関係者の注目を集めている  

■会期⇒2月12日(日)
■会場⇒高浜市やきものの里かわら美術館
■芳賀日出男講演会
-写真家芳賀日出男の活動の軌跡と花祭りについて-
2月5日(日)14:00~16:00/入場無料








榊鬼の反閇の舞
愛知県北設楽郡東栄町月(1969年)かわら美術館所蔵作品パンフより転載








せいどの若者たち
愛知県北設楽郡東栄町月(1969年)かわら美術館所蔵作品パンフより転載




組写真は60年から70年代のはじめにかけて記録したもので
集落の風習として連綿と営まれる花祭りの原風景を知る
貴重な学術資料で必見!








山より里に降りてくる榊鬼
愛知県北設楽郡東栄町月(1971年)かわら美術館所蔵作品パンフより転載







民家を巡り、疫神を祓う榊鬼
愛知県北設楽郡東栄町月(1972年)かわら美術館所蔵作品パンフより転載




かわら美術館のアクセス







(問合せ)
高浜市やきものの里かわら美術館
☎0566-52-3366
http://www.takahama-kawara-museum.com/




  

Posted by かとうさとる at 22:18 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2012年01月18日

新聞は私の生活の一部のようなもの













フォト彩事記





写真の正面に白く見えるのは枯れた松
去年の今頃だったと思うがこの松の梢に
白鳥が一羽とまっていた






主のいない湖面は時間が静止してしまったよう





ここは読む力(複眼力)を
鍛えるしかない



私は根っからのドラゴンズファンで
当然のように新聞も中日と決まっていたが
気がついたら朝日新聞に代わっていた
決めたのは2年前に亡くなった妻で
私の朝日歴はかれこれ30年近くなる

そんな訳で私の1日は朝日新聞に目を通すことからはじまる
夜は夜で「社会の出来ごと」「文化」「生活」「地域」「医療福祉」
「連載もの」「ハウツウ」などなどジャンル別にスクラップ

もうひとつの日課は行き付けのニューズウィークで
中日、毎日、読売、日経、スポーツ紙などに目を通し
気になった記事がある場合はコンビニで買ってスクラップすること
だから新聞は私の生活の一部のようなものと言ってもいい

たかがスクラップとみんなは笑うがスクラップという作業を通して
記憶の手がかりが残るから人間の五感というのは不思議なもの

問題はこのスクラップが意外と難儀で
スクラップを習慣にしている私でも1週間溜まったらアウト

もう一つの問題は
中枢記事に恣意的と思われる編集が入りはじめたことだが
考えて見れば新聞は記者という人材が全てで
そういう意味では最も高コストの企業ということになる
そこには経営上のジレンマが出るのは当然

ここは読む力(複眼力)を鍛えるしかない



前置きが長くなったが
簡単に12日の紙面から







村上隆はニューヨークのオークションで生存する作家としては
当時の為替レートで約16億円という最高額で落札されるなど
今世界に最も影響力のあるアーティストの一人
そんな村上隆がオピニオンのインタビューで登場したから目から鱗

取材した記者の
《「思いの丈を全身全霊で作品に表現している」。五百羅漢図に取り組む村上さんは、倉庫を改造した巨大なアトリエ狭しと駆け回っていた。政府の震災対応や日本のアート状況に対し、憤りも口にした。怒りをエネルギーにするかのようにブルドーザーのごとく前へ前へ進む。熱く、圧力さえ感じさせる生き方に圧倒された。》とう感想が全て

難しい話をしなくても難解と敬遠されるアートの現在と
この国の構造矛盾と勉強不足が一度に分かってしまう
タイムリーヒットで記者に拍手







「記者有論」は朝日の記者版「多事争論」

記者は年末年始商戦の「絆」の氾濫について問題提起しているが
「絆」の氾濫の根は商業モラルの問題ではなく
村上隆の憤りと根底で重なるためセットでお薦め


  

Posted by かとうさとる at 02:35 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2012年01月16日

世界に広がる付け句の輪




気分転換に
正月の残り花を寄せ集めて遊ぶ



いけばなは植物と遊ぶ術と言った人がいるが
下手でも楽しいから術まで入ったら
どんなに気持ちがいいことか






花⇒柳、松、蠟梅、木瓜、南天、藪椿、千両
カサブランカ、アンスリウム、グロリオ―サ
器⇒吉川正道 
場⇒自宅玄関




世界に広がる付け句の輪





地元のオピニオン紙「矢作新報」に月イチで掲載している
コラム「とよたの定点観測」



豊田市はトヨタ自動車の発展とともに多くの才能が移り住んだ。小学館児童雑誌の編集者を経てトヨタマンと結婚した矢崎藍さんもそんな一人。

80年から作家生活に入り、ベストセラーになったデビュー作「ああ子育て戦争」をはじめ、教育や家族をテーマにした作品で知られている。

矢崎藍さんのもう一つの顔が連句のジャンヌダルク。私が勝手に付けたものだが近代文芸の流れから取り残された連句に、コミュニケーション文芸という新たな生命を与えた藍さんに似合いのネーミングと思うがどうか。

余談に逸れたが、そんな矢崎藍さんがライフワークとしているのが連句の付け句で、去年の今頃(新春)だったと記憶しているが、藍さんから「どうしよう」と電話が入った。

話を伺うと、99年1月連句のホームページをひらき、BBS掲示板に前句を載せたところ、はじめは連句会仲間で付け合いをしていた付句の輪が広がり、気がついたら十万句を越えてしまったとのこと。しかも日々刻々投句が増え続けているというから、「どうしよう」と藍さんがとまどうのも納得。

「先ずはギネスに登録してみんなに知らせたら」と私。「そんなことをして意味はあるの」と藍さん。中略するが最後は私も「どうしよう」とギブアップしてしまった(笑い)。

平安時代の末、短連歌が三句、四句とつながり鎖連歌(長連歌)に発展したが、平成の付け句の輪はネットをとおして世界につながり世界最長の鎖連句に。

ギネスのことはさておいて、この鎖連句は矢崎藍さんとその仲間のころも連句会の手により、一巻一万句、十巻の版下原稿となってまとめられた。

このまちにはまだまだ素晴らしい人たちがいる。そんな人たちを一人でも多く紹介できればと思っている。









  

Posted by かとうさとる at 02:07 | Comments(1) | TrackBack(0) | らくがき帖

2012年01月13日

果樹の剪定作業が盛期を迎えた





豊田市はトヨタ自動車の本社があることから
近代的な工業都市のイメージが先行しているが
面積で県内最大、その内約7割が森林で
農産物の出荷額は県内有数というから
正確には農山村型自動車生産都市とよぶべきではないか

そんな豊田市の農産物を代表するのが果樹栽培で
いま、猿投山の南山麓一帯で果樹の剪定作業が盛期を迎えた



猿投の桃は熱心な桃農家が
品種改良を重ねて生み出した芸術品







「山梨や長野などの桃の産地は耕土が深いため
桃の木も20年から30年はもつが、猿投はサバ土で耕土が浅いため
12年から15年ぐらいしかもたないから大変」と桃農家の林金吾さん






私叔したいけばな研究家で山梨県大月市出身の美食家北条明直先生は
生前「御地の桃は山梨の桃より美味」と手紙にいただいたが
猿投の桃は一朝にして成ったものではなく林さんのような
熱心な桃農家が品種改良を重ねて生み出したもの

果報は寝て待てというが
夢に出てきそうで困ってしまう
林金吾さん、今年も美味しい桃を宜しく


  

Posted by かとうさとる at 23:29 | Comments(0) | TrackBack(0) | フォト歳時記

2012年01月13日

お釣り土場で藪椿の定点観察










その前に安物買いの銭失い



あっても役に立たないものを盲腸に例えることがあるが
人間の器官は使わないと退化するようだ

いい例がパソコンを使うようになって漢字が書けなくなったり
携帯の普及で電話番号など数字が覚えられなくなったりしたことは
誰もが経験しているはず

同じようにナビの普及で方向音痴が増えたと思うのは
私一人ではないと思うがどうか

そんなナビ嫌いの私が通販でナビを買った(配達料別で約30,000円)
早速車に取り付けて試しに近場を走ってみた

何かハイクラスの車に乗っているような優越感に笑ってしまうが
初めてということは何でもこんなもの

まあ、そんなことはどうでもいいが
1999年に出来た豊田大橋が載っていない
当然のように豊田スタジアムも出来ていない(いつの地図だ!)

テレビも見ることができると宣伝していたが
ガイドブックを読むとオプションで別売りとのこと
文句を言おうと保証書を探したがゴミに出したあとでアウト

後の祭りでどうしようもないが
一事が万事でイヤになってしまう




気分はブルーだが
お釣り土場で藪椿の定点観察



市内の中心部から足助方面に向かって5キロほど車で走ると
矢作川に架かる平戸橋に着く
この橋の上流部一帯は勘八峡とよばれ
1927年(昭和2年)に制定された愛知県新十名勝に選ばれるなど
県下でも有数の景勝地として親しまれている







お釣り土場はこの平戸橋の下流右岸
写真の竹藪のあたりから籠川合流点までの愛称で
上流部の民芸館や前田公園、越戸ダム、枝下用水などと併せて
このあたりは文化資源(観光資源)の露天掘りをするようなもの







お釣り土場の名の由来は定かではないが、ワンドやザラ瀬が続き
少しでも釣りをしたことのある人間なら理解いただけるのではないか







春を待つ鮎釣り舟



お釣り土場の発見其の一
河岸林と藪椿の群生







私が秘かに春の定点観測木と決めている藪椿の群生
まだ蕾も堅く見ごろは例年並みの二月中旬から下旬頃になるのでは






野鳥の鳴き声と瀬の水音のシンフォニーが奏でる静けさは
ここが市中心部から数キロの場所とは思えない







このイラストは私が「平戸橋いこいの広場」の所長をしていた当時
提案したお釣り土場「椿の小径」のイメージ(作画は吉田稔さん)

在任期間が定年後の2年と短かったため
十分なプレゼンができないまま
立ち消えになってしまったのは残念




お釣り土場の発見其のニ
お釣り土場恐るべし









越戸土場は矢作川右岸の最上流に位置する土場で
ここで荷揚げされた海産物は岩村道を通って
遠くは東濃地方まで運ばれて行った

逆に女城主で知られる岩村藩には年貢米を
松平氏が木曽川の兼山湊に替えるまで
岩村道を利用して陸路12里(約48キロ)を運び
越戸土場から平坂湊を経て江戸に運んだと言う記録が残っている

時代を経て明治・大正に活躍した岩村出身の歌人で
実践女子学園の創始者下村歌子は
明治4年4月8日父のあとを追って上京。三国山の麓で
「綾錦着て帰へらずば三国山またふたたびは越えじとぞ思ふ」の
一首を詠み、挙母から岡崎を経て東京に向かったというから
もしかしたら下村歌子もこの土場から舟に乗ったかもしれない

何気なく立っている石柱がそんな物語を見てきたと思うと
お釣り土場恐るべし







対岸の上流部には矢作川最上流部の彦宗土場があり
荷揚げされた物流は足助を経て遠く信州に運ばれて行った
写真は彦宗土場の賑わいを描いた古井彦宗家の襖絵
(渋谷朗-人と仕事-「とよたの保健医療福祉と市民文化」より転載)






余談に逸れたが
越戸土場のあった辺りは対岸と渡し舟で結ばれていたが
交通機関の発達と管理上の問題から廃止
代わって昭和26年に同じ場所に流れ橋が竣工
この流れ橋も昭和34年の伊勢湾台風で流失

川の中央から対岸に見える遺構は流失した橋脚の一部







イラストはこの流れ橋を「吊り橋」として復元することで
対岸の文化資源と一体になった「水辺自然公園」が
生まれるとの構想で提案したもの

「椿の小径」と同様に私の力不足から
絵に描いた餅になってしまったが残念







対岸の古鼠水辺公園
絶好の寒ハエポイントだが釣り人がいない
近年川は危険なものというイメージが先行して
子どもが遊ばなくなった(遊ばせない)のは
大人の責任回避で間違っているのではないか







上流の岐阜県境で伐採された材木の多くは
管流とよばれる方法で矢作川に放たれた
こうした材木の集積地として繁栄したのが対岸の百善土場で
写真は「目で見る豊田加茂の100年」から転載した
大正7年頃の百善土場の賑わい

現在百善土場は近代の産業遺産として整備され
カキツバタの咲く頃がお薦め
  

Posted by かとうさとる at 00:17 | Comments(0) | TrackBack(0) | とよた風土記

2012年01月12日

近場で美術館巡りをしたがみんなクローズ





美術館など公共施設の休館日は概ね月曜日と思っていい
但し月曜日が祝日などに重なるときは平常通り開館し
翌日の火曜日が振替休館日になるため注意が必要

祝日明けの一昨日10日(火)
予め「振替休館日かも」と企画展のチラシを確認したが
祝日休館のクレジットがないためダメ元で
高浜市やきものの里かわら美術館と
碧南市藤井達吉現代美術館に車を走らせた



かわら美術館に着いたが


高浜は三州瓦を地場産業として発展した市として有名
豊田市でも当時東田と言った現在の寿町で瓦が焼かれていたが
ルーツは高浜の三州瓦で縁がなくもない






かわら美術館はこの瓦をテーマにした美術館として
豊田市美術館と同じ1995年に開館

「やきものの里」の名にたがわず美術館の周辺は瓦一色
中でも圧巻は玄関正面のオブジェ
三州瓦と言えば黒い瓦と鬼瓦が代名詞のため
一瞬鬼瓦と思ったがどこから見ても鯱
まあ細かい事は言わない

余談に逸れたが今回足を運んだのは
日本の民俗写真の第一人者、芳賀日出男の展覧会を見るため
特に奥三河の花祭りなどの貴重な民俗資料が見られるということで
何も考えずにハンドルを切ったが玄関に「本日閉館」の文字
いつものことで笑うしかないがトホホ






瓦のオブジェで構成されたかわらの里公園
この公園のランドスケープは背景の木立の山頂に安置された
日本最大の陶製観音像。私は苦手だが興味のある方はどうぞ








公園の片隅にはこんな案内も

今は境川から続く運河のようになってしまったが
私たちが子どもの頃の三河湾は白砂青松の格好の海水浴場で
小学校の林間学校も高浜から少し南下した玉津浦だった



看板を読んでいて
ふと玉津浦を想い出して寄り道







玉津浦は国道247のバイパス脇の公園の名に残るのみ
その玉津浦の沖合を埋め立ててできたのが
中電の火力発電所と碧南海釣り公園

左側が火力発電所の温排水口
寒くなると黒鯛やマダカ、カイワレが温排水口に集まるため
名人は幅15㌢ほどの柵の間から器用に竿を出して
結構の釣果を出しているというから何でも工夫はするもの



寄り道をしたが
予定通り碧南市藤井達吉現代美術館へ







久々に館長の木本さんに会いたいと思ったがこちらもクローズ

世界標準の豊田市美術館は別にして、近年地方の美術館活動が活発になってきた。予算の縮小という背景もあるが、学芸員が地域の潜在的な文化資源の掘り起こしに真剣に向き合うようになった努力の結果で、キツイようだがこれが普通。

今回足を運んだ二つの美術館は双璧で、中でも碧南市藤井達吉現代美術館は限られた予算の中でも工夫次第でできるという見本。百聞は一見にしかず、説明するのが面倒のため興味のある方は御自分でどうぞ。






大浜の湊で繁栄した碧南のももう一つの顔は
60余の寺院を数える寺町で
蓮如上人ゆかりの応仁寺など名刹巡りもお薦め

写真は美術館と道路を隔てた西方寺
写真では写っていないが西方寺の隣は九重味淋の本社






寺町もいいが私の興味は矢作川の物流の拠点となった大浜湊の歴史で
衣の里の経済的礎を築いた矢作川の水運を調べるためには不可欠

碧南市藤井達吉現代美術館の次回企画展が
「はるかなる衣ヶ浦のみなと-海運と産業の歴史」というから楽しみ



先ずは名刺代わりにご挨拶






梅原猛が碧南市出身ということで構想された「哲学体験村」
幸福論の箴言コーナーを再見したくなって立ち寄ったが
当然のようにこちらもクローズ

ちなみに前述した箴言コーナーで今でも覚えているのが
「人生にとって幸せとはパートナーを見つけることだ
もし、そのパートナーがあなたの妻であり夫であれば
あなたは最高の幸せ者だ」という意味の言葉で納得!



今回はじめてブログをオープンにしたが
先ずは名刺代わりに御挨拶まで










  

Posted by かとうさとる at 00:18 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2012年01月06日

愛するいけ花|谷口雅邦作品集











いけばなに解放区があった時代



時代は気まぐれで不思議な悪戯をすることがある
いま、いけばなは若い人がいないと言うが
60年代後半から80年代半ばにかけて
若い人たちの熱気で満ち満ちていた場所があった
流派もキャリアも問わないいけばな解放区で
現代のいけばなを代表するカリスマたちは
みんなここから世界に飛び立っていった



民俗を源流とする
いけばなの到達点を標した
谷口雅邦作品集






谷口雅邦作品集|装丁


そんな解放区のカリスマを代表する谷口雅邦さんが
「愛するいけ花」谷口雅邦作品集を出版した





谷口雅邦作品集|Part1 習作


谷口さんのプロフィールを簡単に記すと

谷口さんは1944年青森県に生れる
1970年に龍生派家元吉村華泉に師事
東北の風土を連想させる独自の世界で
数多くの国際展に招聘されるなど
今に生きる日本美術の求道者の一人として活躍





谷口雅邦作品集|Part2 個展


作品集の構成

本書は現代のいけばなに独自の世界を拓いた
谷口さんの仕事の全容を標したもので
Part1 習作
Part2 個展
Part3 合同展
Part4 イベント作品
Part5 舞台美術
Part6 ディスプレイ、インテリア
Part7 雑誌企画のための作品
の7章で構成






谷口雅邦作品集|Part3 合同展


識者が推奨する谷口雅邦の世界

私の下手な解説では誤解を招きかねないため
作品集に批評文を寄せた識者の名をもって代えたい
■中村英樹(美術評論家)「見えない奥の気配を活ける」
■早坂暁(作家)「風土を活けるアーティスト」
■日沼禎子(女子美術大学准教授)「-幸福への進化探る挑戦」
■三頭谷鷹史(美術評論家)「幸福への進化」
■南嶌宏(美術評論家)「零度の創造-谷口雅邦」

少しでもアートに関心のある方であれば
このラインアップを見ただけで理解いただけるはず





谷口雅邦作品集|Part4 イベント作品




谷口雅邦作品集|Part5 舞台美術




谷口雅邦作品集|Part6 ディスプレイ、インテリア




谷口雅邦作品集|Part7 雑誌企画のための作品



愛するいけ花
谷口雅邦作品集の入手方法


■発行⇒㈱美術出版社
■規格⇒A4版160ページ
■定価⇒本体価格3,500円+税
■購入⇒全国書店で注文可











  

Posted by かとうさとる at 15:31 | Comments(0) | TrackBack(0) | いけばなから

2012年01月04日

花祭りから農村舞台が見えた










1月2日夜
奥三河の花祭りを見るため
車を走らせた



鉄は熱いうちに打てというが後悔先にたたず
昨年の末頃から怠惰という錆が全身をジワジワ浸食
一時も早くエンジンを始動させないと大変

一番手っとり早い方法は外部刺激で
昨夜(2日)、奥三河の花祭りを見るため車を走らせた






国の重要無形民俗文化財に指定されている
花祭りの起源は鎌倉時代の後期から室町時代にかけて
奥三河の集落に伝えられた神楽の一種で
この日足を運んだのは東栄町古戸の花祭り







古戸の花祭りは家庭画報新春号
春を寿ぐ奥三河の「花祭り」で紹介されているため
詳しくはそちらで目通しを













豊田から東栄町の古戸まで約2時間
舞庭では山見鬼が伴鬼二人を従えて
レゲエのライブハウスのよう

私は人混みをかき分けて最前列へ








神事が済んだ花祭りは
テ―ホヘ、テホヘの掛け声にのって猥雑な芸能の場に一新
鬼たちと酔っ払いたちとのかけあいは当意即妙の寸劇を見るよう

よく観察しているとこの酔っ払いたちはみんな花祭りのプロで
鬼たちを挑発し舞庭をトランス状態に導く
酒臭いのが難点だがお神酒というぐらいだから
まあいいか(パチパチ拍手)






この舞庭を支配するのが太鼓を叩く宮大夫
ゆるーいこんな太鼓が身体と共振するのは
民俗のなせる魔力で理屈では解けない







子どもたちの「花の舞」にあわせて
舞庭は「歌ぐら」の大合唱

いままで迂闊にも聴き逃していたが
日本というよりも南方系のリズムで
「歌ぐら」は花祭りの由来と起源に結びついているのではないか









時計を見ると深夜の2時頃
舞うこどもたちも大変







左手に剣、右手に鈴を持って舞う「剣の舞」
このあと花祭りの主役「榊鬼」が登場するが
時計を見ると深夜の3時近く
後ろ髪引かれながらもここらが潮時と舞庭を後にした

花祭りについては私なりに理解しているつもりでいたが
圧倒的な熱気の前には無力で所詮付け焼刃

救いは花祭りとは対極にある
農村舞台の身の丈が立ち上がってきたことで
今後の展開の糧にしなければ

錆ついている暇はない

  

Posted by かとうさとる at 01:14 | Comments(0) | TrackBack(0) | 農村舞台

2012年01月01日

目出度さも中ぐらいなりおらが春










行く年くる年


寺部八幡宮の「初詣らいぶ」がはじまった頃は
私もオブジェを奉納したり
手筒花火の輪の中に入って火の粉を浴びたり
餅を搗いたりして
朝帰りが元旦の定番だった

テレビを見ていて
ふと、そんなことを想い出して
寺部八幡宮に車を走らせた






2012元旦0:00 
カントダウンを合図に初詣らいぶ







豊田煙火の花火師と
陣中太鼓連のコラボレーション







お拝殿では津軽三味線のライブ
村松典子さんと売り出し中の村松さつきさんの親子ユニットで
「冷たくて手が切れそう」と典子さん







なにごとのおわしますかはしらねども
とぎれることなく続く初詣の列

人混みの中で昔の仲間たちを探したが
木の葉が落ちるように一人減り、二人減りと
歳月の流れを実感!





今年もまた
初いけをできる幸せに感謝









花⇒柳、木瓜、南天、千両、葉牡丹
カサブランカ、グロリオ―サ、アンスリウム
器⇒セラミッククラフト






  

Posted by かとうさとる at 20:40 | Comments(0) | TrackBack(0) | いけばなから

2011年12月31日

それではよいお年を














迎春準備が整った地元の射穂神社






それではよいお年を  

Posted by かとうさとる at 04:22 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2011年12月30日

正月花を頼まれて活けたが












明日の夜顔を洗って出なおし


行き付けのカフェレスト「ニューズウィーク」で
正月花を頼まれて活けたがこれが下手(しょんぼり)
このままでは気が収まらないため
明日の夜(30日)活け直しだ






(花材)
松、苔梅、蠟梅、南天、柳、千両、アンス、グロリオ―サ

 
12月29日
今日の紙面から






やることなすこと
この政権はおかしい


外交が重要なことは誰も異論がない
しかしこの時期、このタイミングで立て続けに外交日程を組むのは
外交を隠れ蓑に国外逃避するようなもので姑息

姑息と言えば米軍の普天間飛行場の県内移設に向けた
アセスメントの評価書の提出方法について
事の重要性を考えれば
防衛長官が直接沖縄県知事に手渡すのが当然なのに
市民の反発を恐れて沖縄防衛局の職員が未明にこっそり搬入

一括交付金の上積みという毒まんじゅうが効いて受理した
仲井真知事も褒められたものではないが
理由がオバマ大統領に年内と約束したためというから絶句!

貧すれば鈍すというが、やることなすことこの政権はおかしい






ニッポン前へ委員会
ざっと一読したが
こんなものかなとがっかり


ニッポン前へ委員会は「日本再設計100年後の未来に」を基本姿勢に
朝日新聞が若手・中堅の論客を招いて結成した提言型委員会とのこと

その委員会が東日本大震災後に見えたリスクとどう向き合うか
朝日新聞は6時間にわたつて議論した要旨を紙面の見開きで紹介した

ざっと一読したがこんなものかなとがっかり
たとえば「首都直下型地震への備え」について一部を転載すると

広井良典(千葉大学教授)
都内には火災の一気に広がる木造密集地帯がある
その対応を一番優先すべきだ

大竹文雄(大阪大学教授)
古い木造の家の固定資産税を上げればいい
現状は古いほど資産価値が小さくなり税金も少なくなっている

藻谷稔人(津田塾大学准教授)
改修しない人から課徴金をとるのが妥当だろう
天災のリスクが顕在化して地価が下がるのは仕方がない
本来の市場価値に戻るということなのだから

こんな感じでみんな気楽
気がついたことは松下政経塾もこんな議論ばかりして
勉強(?)していたと思うと納得!











  

Posted by かとうさとる at 04:19 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2011年12月28日

朝日の「ミニシアター窮地」を読んで








私たちが子どもの頃は
映画が最大の娯楽だった


祭りの余興行事の最大の楽しみは映画の上映会で
神社の境内で見た鞍馬天狗は誰もが憧れたスーパーヒーローだった
当然のように遊びもチャンバラごっこと決まっていた
鞍馬天狗の真似をしてみんな手ぬぐいの覆面を被ったが
たらした鼻が手ぬぐいにべたっとついてサイテイ
当時土門拳の「筑豊のこどもたち」はどこにもある光景だった

そんな昔のことを想い出したのは
一昨日の朝日新聞に掲載された「ミニシアター窮地」の記事のせいで
そう言えばこの頃スローライフという言葉を聞かなくなったが
どうしたのかな



ミニシアター窮地の先に見えるもの


この記事に目が停まったのは
職にあった当時視聴覚ライブラリーの役職を兼務していたことがあり
8㍉機材、16㍉機材の生産中止、ソニーのペーター方式の撤退
ビクターのVHS方式に規格統一されるAV機器の変遷を体験
雀百まで歌忘れずの類で一種の職業病のようなものかも






映画を復活させた大きな要因の一つが
デジタルデータのまま上映する大手シネコンの進出で
映画ファンは1カ所で好きな映画を選べる至福に酔った

その舞台裏で良質な映画を支えたミニシアターが
窮地にたつていることに思い及ばなかった
配信デジタル化による大手シネコンの寡占化は
ミニシアター側の心配するように、映画館の存亡だけではなく
映画作品自体に影響(変質)することは自明の理で迂闊

数年先には35㍉フィルムで撮影される映画もなくなるとのこと
当然のように映写機も生産中止になることが予測され
映画のアーカイブに影響が出ることは必至

人間が生み出した経済至上主義が人間の文化を破壊する
原発と根は同じで何かヘン!

  

Posted by かとうさとる at 03:56 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2011年12月26日

奥三河の「花祭り」考(2)










今年一番の寒波






明日の朝(26日)は一面銀世界になりそう
新聞配達の人はどうするのだろうか(感謝)




新たに島根県の「佐陀神能」と
広島県の「壬生の花田植」が
ユネスコの世界無形文化遺産に



さて、一カ月ほど前になるが
インドネシアのバリで開催されたユネスコ政府間委員会で
2011年世界無形文化遺産が発表され
日本からは
■「佐陀神能」(島根県)
■「壬生の花田植」(広島県)
の2件が登録された

政府は登録された2件のほか
■「男鹿のナマハゲ」(秋田県)
■「秩父祭りの屋台行事と神楽」(埼玉県)
■「本美濃和紙」(岐阜県)
■「高山祭りの屋台行事」(岐阜県)
の4件を提案していたが、既に登録済みの無形文化遺産と
類似しているとの理由でさし戻されため
情報を追加し再度申請するとのこと


世界無形文化遺産とは





新たに世界無形文化遺産に登録された「佐陀神能」(産経新聞配信コピー)


世界文化遺産が
歴史的な建造物や自然環境を対象としているのに対して
世界無形文化遺産は
人から人に伝えられる文化の保護を目的にした条約で06年に発効

今回の2件を加え国内の無形文化遺産は次の20件
■能楽(社団法人日本能楽協会)
■人形浄瑠璃文楽(人形浄瑠璃文楽座)
■歌舞伎(伝統的な演技演出様式によって上演される歌舞伎)
■雅楽(宮内庁式部職楽部)
■小千谷縮・越後上布(新潟県)
■石州半紙(島根県)
■日立風流物(茨城県)
■京都祇園祭の山鉾行事(京都府)
■甑島のトシドン(鹿児島県)
■奥能登あえのこと(石川県)
■早池峰神楽(岩手県)
■秋保の田植踊(宮城県)
■チャッキラコ(神奈川県)
■大日堂舞楽(秋田県)
■題目立(奈良県)
■アイヌ古式舞踊(北海道)
■組踊(沖縄県)
■結城紬(茨城県・栃木県)
■「佐陀神能」(島根県)
■「壬生の花田植」(広島県)


世界無形文化遺産に向けて
動き出した花祭り



では登録の手順はどうなっているのか
政府がユネスコに申請した事例をネットで検索してみると
文化財保護法で指定された「重要無形文化財」「重要民俗文化財」
「選定保存技術」の内から指定年度の古い順に申請しているようだ






世界文化遺産に向けた動きを報じた朝日新聞(2010年9月26日)


ちなみに、花祭りは制定初年度の昭和51年(1976)に指定を受けている
既に同期(?)に指定された神楽4件の内
早池峰神楽(岩手県)と佐陀神能(島根県)の2件が登録され
残るは鷲宮催馬楽神楽(埼玉)と花祭りの2件のみ
この慣例に従えば数年先には朗報が期待できるのではないか






花祭りのシンポジウムを報じた朝日新聞(2011年1月22日)






花祭り存続の危機を訴えた中日新聞(ニュースを問う」(2011年3月6日)


問題は過疎化による後継者不足など
世界無形文化遺産で解決できないことが多いこと
しかもだれもその処方箋をもっていないこと(残念ながら私も)

無形文化遺産の登録方法は「代表リスト」と
存続が危ぶまれる「緊急リスト」の二つに分けられいているが
政府は代表リストのみで緊急リストはあげていない

見て見ぬふりを決めているが
花祭りは代表リストではなく緊急リストにあげて
処方箋を急ぐべきではないか
  

Posted by かとうさとる at 02:10 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2011年12月23日

奥三河の「花祭り」考(1)







奥三河を地図で標すと



静岡県と長野県に接する愛知県の東部三河山間部を
一搬に奥三河とよんでいる。





市制60周年記念豊田市郷土資料館特別展「歌舞伎衣装と文化」の関係マップ


地勢的には豊田市東北部を含む場合もあるが
私たち地元の人間はアミカケした
新城市の北部から北設楽郡設楽町、東栄町
日本一小さい村で知られる豊根村をさして奥三河とよんでいる



奥三河の花祭り






家庭画報2012新春号≠春を寿ぐ「花祭り」


国の無形重要民俗文化財の「花祭り」は
太平洋岸の三遠地域から豊川、天竜川の二つの水系にそって
南信州地域、東濃地域に向かう山深い道沿いに点在する
この奥三河の各集落に伝えられた神楽の一種で
起源は鎌倉時代の末期から室町時代に遡るといわれている

失ってから大切なことに気がつくのは世の常とはいえ切ないもの
私淑したいけばな研究家の工藤昌伸先生や北条明直先生から
芸能の起源としての花祭りについて
幾度も話を聞く機会があったが
私が花祭りに足を運んだのは両先生が亡くなってから



花祭りを知りたい方は
家庭画報新春号と
吉田喜重監督の
「愛知の民俗芸能」がお薦め



手元に豊根村上黒川の花祭りを記録した吉田喜重監督の
「愛知の民俗芸能-聖なる祭り・芸能する心」(1992年)がある

過疎化(限界集落)がすすみ花祭りの維持が難しくなっているいま
往時の花祭りの在り様を識る貴重な映像資料で
市販されているため入手可能
豊田市視聴覚ライブラリーでも貸出しているため
(市内の方で)関心のある方はお薦め

前置きが長くなったがこの映像をテキストに
奥三河の花祭りを簡単に紹介したい



花祭りは早朝
聖なる水を汲むことからはじまる



花の語源は人間の顔で最も先に出ている部分を鼻(はな)
岬の端(はな)あるいは先頭で走ることを鼻を切るというように
モノやコトの先触れを意味し
私たちの祖先は季節に先駆けて咲く花々に
吉兆を占い豊穣の恵みを祈った






収穫の秋がおわると
新たな生命の再生(春)を願う
聖なる祭りがはじまる






花祭りは祭りを司る花太夫が
滝から聖なる水を汲む滝祓いの儀式からはじまる






花祭りが行われる花太夫の家「花宿」






花宿では五色の造花が飾られ






神を迎えるための清めの儀式が行われる




夜のとばりがおりると
舞を楽しむ観客が集まり
聖なる祭りは儀式から芸能を楽しむ
祝祭の場に一変する






神が舞子にのり移り
舞子たちが神がかりとなって舞う地固めの舞い






花笠を被って子どもたちが舞う花の舞い
花笠は新たな生命を受け継いで咲く花の先触れを意味している






深夜を過ぎると
観客の「テ―ホヘ テホヘ」の掛け声にのって
榊鬼たちが現れ祭りは一気にヒートアップ






山の神である榊鬼たちは大地を踏み鎮め
悪気を祓い祝福をまねく「へんべ」を踏むと
舞庭は「テ―ホヘ テホヘ」の大合唱で共に舞い歌い
次第にトランス状態に






祭りのクライマックス「湯囃」は夜も明ける頃




花祭りのいま






花祭りが終わった朝の花太夫と花太夫の奥さん
この映像は1992年に愛知県が企画制作したもので
集落の過疎化から
花太夫の「あと何回花祭りが存続できるか…」と案じる
ナレーションで終わっている







映像から20年を経て奥三河は過疎化がさらに進み
花祭りの火が消えた集落も出るなど
いま花祭りは大きな岐路にさしかかっている






「花祭り」考は不定期で予定
今回はここまで




  

Posted by かとうさとる at 03:37 | Comments(1) | TrackBack(0) | らくがき帖

2011年12月20日

朝日のBeは雑学の玉手箱











何度片づけても元の黙阿弥


以前にも私は「尻に火がつかないとスイッチが入らない」と嘆いたが
昨夜も依頼原稿の入稿で徹夜
サボタージュしているわけではないが
あれもこれもと手を広げるすぎることと(安請け合い)
少しでもリアリティのあるものと手元に引きつけることが原因
わかっているが治らないのが癖
さてどうしよう






普通「男ヤモメにウジがわく」というが私は整理整頓は嫌いではない
問題は捨てることが苦手で、亡くなった妻は
「お父さんはケチだから」と笑ったが苦笑するしかない
問題は机周りでスッキリさせたいが
何度片づけても元の黙阿弥



朝日のBeは雑学の玉手箱


いろいろなことを考えると
そろそろ減築の準備に入らなければ…
とりあえずは悩むことのない
雑誌類と新聞のスクラップのヤマからと考えているが
気分は複雑系でわからない






17日付けの朝日新聞のBeうたの旅人
美空ひばり「さくらの歌」に
小原の四季桜が歌の心象風景を描くように
レイアウトされていた

「さくらの歌」から小原の四季桜をイメージした
ディレクターの感性に拍手(パチパチパチ)





わからないときは黙々と作業をするのがイチバンで
スクラップしてあった新聞の切り抜きをA3の半紙に糊づけした
医療福祉など生活情報から手につけたこともあるが
目をとおしたら半分以上がBeの記事
「なやみのるつぼ」車谷長吉の怪答(?)まで
スクラップしていたから笑ってしまう


  

Posted by かとうさとる at 03:39 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖

2011年12月15日

大地の芸術祭「Fの会」の対応決まる!












TOPIX
豊田スタジアムで
サッカーのトヨタ・クラブW杯







12月14日(水)14:30 豊田大橋と豊田スタジアム
Jリーグの覇者柏レイソル×南米王者サントスのキックオフまで5時間
死んだ子の年を数えても仕方がないがグランパスが優勝していたら
と思うと、今季前半戦の出遅れが返す返すも残念!






同21:00 豊田スタジアム
残念ながら予定が入っていたため観戦することは叶わなかったが
送迎のバスの運転手に無理を言って豊田スタジアム近くに迂回
バスの車内からパチパチと拍手




越後妻有アートトリエンナーレ2012に向けて

Fの会の対応決まる

余談に逸れたが12日(月)「Fの会」の協議に出席
内容は、来年開催される大地の芸術祭「越後妻有アートトリエンナーレ2012」の参加方法をどうするか否かというもので、地元の予定をキャンセルして新幹線の始発に乗った






越後妻有アートトリエンナーレ2009「蓬平いけばなの家」図録


アートフロントの提案は
1 前回と同じ松代の蓬平集落の空家プロジェクトを予定
2 3年に一度ゲストとして参加するのではなく、集落と深い関係をもってほしい。できれば「いけばなの家」を恒常的ないけばな体験施設として検討してほしい(ニュアンスとして)という2点。






越後妻有アートトリエンナーレ2009「蓬平いけばなの家」図録


で「Fの会」だが、いつも小田原評定で呆れてしまう(笑い)。私は徒労感でフラストレーションが貯まってしまうが、終わってみればなんとなく落とし所がつくから民主党よりは増しかも。

そんな訳で協議の経緯は省略して結論のみ記すと

1 いけばなの第一線で活躍しているメンバーを巻き込んだ刺激的な展開を構想しているため、「いけばなの家」一軒では物理的に難しいと判断。
対応策として「いけばなの家」を核に集落の空間を巻き込んだ野外展を加えることで一致。(野外展の場所は5月頃雪解けを待ってロケハンを予定)

2 参加人数は15名から20名程度。人選は明年1月末日までに決定

3 いけばなの家の恒常的な設置については継続協議とすることで一致。




北斗七星の庭-重森三玲展

庭園というものは、地上に描かれた絵画であり
立体的構成を基本とする彫刻ともいえる
 重森三玲






会場のワタリウム美術館は刺激的な企画展で知られる私設美術館で、予てから一度は足を運びたいと思っていたところ、重森三玲展の情報を入手。日の暮れぬうちにと急いだ。






重森三玲(1896-1975年)は、東福寺方丈庭園、松尾大社庭園など数多くの名庭を作庭。また「日本庭園史図鑑」26巻、「日本庭園史体系」全33巻(別巻2巻)を完成させるなど、日本庭園史に大きな足跡をしるした。

北斗七星の庭-重森三玲展は、近代の作庭家として最も重要な存在であるこの重森三玲の世界を検証するもので、タイトルの北斗七星の庭は、重森三玲が初めて手掛けた東福寺方丈庭園「北斗七星の庭」に由来。







「いけばな芸術」創刊号の復刻版


と、重森三玲のプロフィールを紹介したが、いけばなに関わる人間にとっても特別な存在で、昭和5年勅使河原蒼風らと前衛いけばなの端緒を標した「新興いけばな宣言」を起草。

戦後は前衛いけばなの批評誌「前衛いけばな」を創刊。また前衛いけばなの研究グループ「白東社」を主宰。当時、四国の丸亀市で池坊に所属していた無名の中川幸夫を発掘したことは余りにも有名。






「瓶史」の復刻版


ちなみに私は、西川一草亭の「瓶史」(1931-39年)、重森三玲の「いけばな芸術」(1949-55年)、北条明直、重森弘淹、工藤昌伸、下田尚利が編集同人として参画した「いけばな批評」(1973-76年)を「近・現代いけばな三部の書」と勝手に命名。「瓶史」と「いけばな芸術」は復刻版が出ているため入手可能。






「いけばな批評」創刊号


またまた余談に逸れてしまったが
芸術としてのいけばなの扉を開いた重森三玲を知らない人には新鮮な発見と驚きが、知っている人にはより深く識ることができる本展は
■2012年3月25日まで
■会場はワタリウム美術館 東京都渋谷区神宮前3-7-6☎03-3402-3001



メタボリズムの未来都市展






本展は1960年代、丹下健三に強い影響を受けた黒川紀章、菊竹清訓、槇文彦、磯崎新を中心とする建築家たちが夢見た理想の都市像「メタポリズム」を振り返る初の展覧会。






東京湾を横断する海上都市構想(東京計画1960)や、1970年の大阪万博など、6つの夢の都市構想をCG映像で再現。一見して難しそうにみえるが、みんなを建築家たちの脳内旅行に案内してくれるから夢の世界は楽しい。

■会期⇒2012年1月15日まで
■会場⇒森美術館六本木ヒルズ森タワー53階




あとは深夜バスの出発まで
ぶらりぶらり







夜の国立新美術館






サファリパークになったウィンドー(どきっ)








宇宙船基地のような六本木ヒルズ森タワー








目的はこの夜景

















  

Posted by かとうさとる at 02:09 | Comments(0) | TrackBack(0) | 越後妻有2012

2011年12月09日

市制60周年記念事業もいよいよフィナーレ












ロングランで展開した
市制60周年記念事業もいよいよフィナーレ

第15回第九交響曲演奏会
とよた第九


12月11日(日)15時開演(14時開場)
豊田市民文化会館大ホール
入場料2,000円(全席自由)

■指揮⇒山下一史(仙台フィルハーモニー交響楽団正指揮者)
■独唱⇒末吉朋子(ソプラノ)牧野真由美(アルト)
    大川信之(テノール)清水宏樹(バリトン)
■演奏⇒とよた第九管弦楽団
■合唱⇒とよた第九合唱団(合唱指導:伊藤貴之)





地元の週刊オピニオン紙「矢作新報」(12月4日付け紙面)


■主催⇒豊田市・豊田市教育委員会・(公益法人)豊田市文化振興財団
■主管⇒「第15回第九交響曲演奏会」実行委員会
■問合せ⇒(公益法人)豊田市文化振興財団文化事業課☎0565-31-8804




さすがプロ!
各紙の見出しに拍手
(パチパチパチ)






県内で圧倒的なシュアと影響力を誇る中日新聞(12月8日付け紙面)






文化面のフォローが際立ってきた読売新聞(12月8日付け紙面)






密度の濃い取材記事で読者を惹きつける朝日新聞(12月9日付け紙面)




同じ12月11日(日) 
小原では市内の農村歌舞伎が集結!






民俗芸能大会 農村歌舞伎公演
■日時⇒12月11日(日)10時30分開演(10時開場)
■会場⇒小原交流館ホール
■観覧料⇒無料




出演団体
旭歌舞伎保存会/石野歌舞伎保存会/石野子ども歌舞伎
小原歌舞伎保存会/藤岡歌舞伎






■主催⇒豊田市農村歌舞伎連絡協議会
■共催⇒豊田市・豊田市教育委員会
■問合せ⇒豊田市郷土資料館☎0565-32-6561




ピアノの遊興詩人
はちまん正人さんから
こんなご案内が






私も出かけるつもり
みなさんもいかがですか










  

Posted by かとうさとる at 22:30 | Comments(0) | TrackBack(0) | とよたの文化

2011年12月09日

釣りビジョンが晩秋の三河湖を紹介






三河湖は西三河をうるおす
県下最大の灌漑用ダム湖








農村舞台の調査時撮った早春の羽布ダム

紅葉の名勝「香嵐渓」を流れる巴川の上流
下山地区の三河湖は西三河をうるおす県下最大の灌漑用ダム湖で
移り変わる美しい景色を求めて訪れる人も多い






風光明美な山上の三河湖(観光パンフレットから転載)

湖岸には竿を出したい誘惑にかられるワンドが続き
釣り人であれば垂涎の山上湖のはずなのに
釣り人の姿を余り見たことがないから不思議




その三河湖が
釣り番組「釣りビジョン」で紹介された







釣り人は日本を代表するバスプロアングラーの田辺哲男
「初めての場所で情報がまったくない」と田辺






気温2度、しかも強風という悪天候にもかかわらず
ボートの操船の上手さはさすが






その田辺をもってしても二日間で痩せたバスが一匹
ほかにハスやウグイやニゴイが数匹の貧果







番組の最後で「まいりました…」と涙目で頭を下げたが
何か申し訳ないことをさせてしまったような後ろめたさに
私も一緒に頭を下げてしまった



また一つ懸念材料が増えてしまった


シーズンオフという悪条件を差し引いても
釣れないダム湖として三河湖の名は全国に知れてしまったが
魚探を見ても魚影が少ない

生態系から見れば外来種のバスが少ないことはいいことだが
なんらかの理由で富栄養化が進んでいるシグナルではないか

また一つ懸念材料が増えてしまった




  

Posted by かとうさとる at 00:20 | Comments(0) | TrackBack(0) | らくがき帖